1-3.隔たり

 昼休み。一哉は昨日に引き続き日当たりの悪い中庭で昼飯を食べていた。
 本日のメニューは炒飯と唐揚げ、酢豚、玉子焼きだ。炒飯と酢豚は昨日の残りで今朝作ったのは玉子焼きだけのお手軽弁当だ。
 メンバーは昨日接触した明石由紀とすれ違ったアーチャーのマスター(白谷あかりというらしい)と各々のサーヴァントだ。昨日とは打って変わった賑やかな食事となっている。
 キャスターとアーチャーの二人は実体化し、制服を身にまとっている。ストラテジスト一人だけが「二十代半ばの俺がそれを着れば犯罪だろう」と嫌がった。
 今朝、登校してすぐに明石さんに呼び出された。内容は先日遭遇したバーサーカーについてだった。昨日断った同盟を結びたいとのこと。 俺としても願ったり叶ったりだ。
 ストラテジストは軍師だ。元々、前衛で戦えるような戦士ではない。 今回の招集者の明石さんが口を開いた。

「さてと、みんな大体食べ終わったようだし、キャスター、昨日のバーサーカーについて教えてくれるかしら?」
「あれは白夜王子タクミの成れの果てだ。ある程度のことを知っていたであろう兄さんは僕にも何も話してくれなかったからね、僕が知っているのはアレは単騎で倒せるようなものじゃないってことと、近距離と超長距離の射撃から弱点らしい弱点は見えず、二人一組で行動するため攻防一体となっており手が出しづらいってことくらいさ」
「そ、それってどうやって倒すんでしょうか……?」
「当時は僕の所属していた軍の長であるカムイが竜になって防御を固めて近づき、夜刀神・暗夜で倒していた」
「戦略も何もないパワープレイだな。その戦略はさすがに今回取れないぞ」

ストラテジストは大きく頭を抱えていた。

「俺から提案できる策は三つだ。一つ、超長距離射撃を超える超超長距離射撃を行う。二つ、アサシンのサーヴァントを仲間に引き込み、暗殺してもらう。三つ、一組が囮となりもう二組で撃破する。ちなみにオススメは三つ目だ」
「囮といっても一体誰がするのよ」
「まあ、俺たちだな」
「やっぱり、そういうと思ったよ」

 今度は俺が頭を抱える番となった。確かに、バーサーカーはストラテジストに異様なほど執着していたし、ストラテジストなら、防衛であれば可能だと俺も信じているが、だからといって囮役を買って出るのかこの英霊は。

「幸いにも、バーサーカーは俺のことを姉だと呼んで狂ったように標的にしてきた。まあ、狂戦士バーサーカーだからなんだが。それに、囮だけに専念するのであればやりようはいくらでもある。問題はキャスターとアーチャーの二人でバーサーカーを撃破できるかだが……」
「大丈夫。僕が絶対に倒すよ」

--僕が絶対に。 アーチャーは重ねるように言葉を繰り返した。

「そういえば、タクミ王子で思い出したんだけど、今度白夜神器の展覧会をするみたいなんだ」

 俺は携帯を操作して展覧会のページをみんなに見せた。 そこには現存している神器、雷神刀と風神弓がある。開催日はまだ数日ある。

「わあ!風神弓だ!まだ現存しているなんて」

 食いついてきたのはアーチャーだ。その好奇心いっぱいの顔をキラキラと輝かせている。
 弓の英霊なだけあって風神弓に興味は尽きないようで、俺の携帯を握りしめて離さない。 その輝く瞳は携帯からマスターである、あかりに向かう。

「バーサーカーの件が終わったら行きましょうか。それまでには終わらせたいですし」
「いいの!?」
「はい。昼間の展覧会ですから、さすがに触れないでしょうけど、行きましょう」

 わーいわーいと喜ぶアーチャーは年相応どころか、さらに幼く見えた。

「それじゃあ、今日の放課後、図書室に寄ってみない?タクミ王子ってこの国の英雄なんだし、なにか資料があるかもしれない」

 異議は?と確認する明石さんに誰もそれを唱えなかった。放課後は図書室で決まりだ。

 つつがなく授業も終わり、放課後。一哉達は図書館を訪れていた。放課後の図書館は人が少なく、司書も自身の作業に集中していた。実体化して制服を着ているアーチャーとキャスターに誰も不審がらないことを一哉はハラハラと見守る。

「あった。タクミ王子の項目」

 明石さんのめくる本はふわりと埃を舞い上がらせ、古書特有の古臭い匂いが広がった。

「えっと、白夜王国の王子で神器風神弓の継承者。弓と剣の腕に優れ、放った矢は沼地にもかかわらず外れなかった。戦禍によって荒れ果てた白夜王国の復興に尽力する。それまで見られていた人間的な甘さは影をひそめ、有能な指導者として国中の人々から認められ、頼られる存在になっていった、だって」
「あれ?バーサーカーになるような狂ったエピソードがないな。それにキャスターの言葉とも合わない」
「もしかして、なんだけれど……」

 キャスターはそう前置きしてから言葉を続ける。

「僕たちの辿った歴史とこの世界の歴史にはがある……?」
「そんなことってありえるんでしょうか?」
「現実にありえているのだから、否定すべきじゃないよ。アーチャー、君の知っていることも教えてくれないか。僕の予想が正しければ、君も僕と近い時代を生きていたはずだ」
「僕はこの戦争が終わった後、母上に連れられて暗夜のお城に行ったんだ。母さんの大事な人たちに会いに行こうって。そこで会ったのは豪華な玉座に座る冷たそうな人ーーキャスターさんだった」
「僕が玉座に座っていた?そんなことがあるのか……」

 項垂れるキャスターに明石由紀はかけられる言葉を持たない。アーチャーの歴史ではキャスターが王位についているということは、キャスターよりも継承権のあった人間は死んでいるか、それを放棄したということだ。 キャスターの兄は責任感と次代の王である自覚を持った良い王子だったという。そんな人間が放棄するということは明石由紀からしても考えられなかった。

「アーチャー、君はきっと白夜の人間だ。君にとってはバーサーカーの存在は酷なものだっただろう……」
「うん。悲しかったけど、母さんもいないこの世界じゃあ、僕が止めるしかないんだ。ううん。僕が止めたいんだ」
「強いな、君は。君を見ていると兄さんを思い出す。白銀の髪がそっくりだ」
「へへへ……僕も母さんそっくりのこの髪が自慢なんだ」

 アーチャーははにかみながら、自身の髪に触れた。その誇らしげな顔に両親にたくさんの愛情を受けて育ったのだと一哉にも予測できた。
 いい親だったんだな。俺の親とは違う。子供を一番に考える親。きっとそんな人たちだったんだろう。

「ちょっと調べたいことがあるから」

 そう言って、一哉は一行から少し離れた。幸いにして、単独行動は許された。
 霊体化したストラテジストと共に移動する。 調べたいものは自身のサーヴァントのことだった。ストラテジストはちょっとコアな歴史ファンなら知っている程度の知名度だ。
 正直、一哉も召喚してからネットで少し洗った程度の知識しかない。どうしてこの英霊が一哉の召喚に応じてくれたのか、共通点を探してのことだった。
 調べても調べても、ストラテジスト個人に関する情報は少ない。つかみどころのない人物で、見る人によって見る角度によってその個性は色を変える。 ある書物では冷酷な軍師であったと書かれ、ある書物では王のことを考え諫めることのできた人物であったと書かれ、またある書物では軍の皆のことを考え相談に乗る良き人格者としても書かれていた。

(いやいや、後世にこんな風に書かれるとこそばゆいものがあるな)
(笑い事じゃないんだよ。俺はお前のことを知りたいのに、これじゃあ、どれが君のことなのかわからないぞ)

 一哉がめくるページをニヤニヤと眺めるストラテジストに一哉は呆れだしていた。

(一哉、アクアという英雄は知っているか?戦争後の記録は一切残っておらず、実在したのかどうかまで疑われる彼女よりは俺の伝承は残っているだろう?)
(お前が彼女よりは近代の英霊であることに感謝するよ)

 ぺらり。もう目ぼしい情報などないだろうと、半ば諦めでめくったページに一哉は驚愕する。 手袋をはめて隠している右手の甲にあるあざと同じものが載っていたのだから。 六つの目のようなものが特徴的なそれはこの十七年間毎日見続けてきたものだ。見間違えるはずもない。

(なあ、ストラテジスト。やっぱりこの痕が俺とお前をつないでいるのか?)

 ストラテジストは周りに人がいないことを確認すると霊体化を解いた。 そうして手袋を外し、その右手の甲を一哉に見せた。一哉と同じものが同じ場所にある。それを見せるとストラテジストはまたも霊体化して溶けてしまった。

(それは竜の器であることを示すものだ。それがこの世界で、この時代でどんな意味を持つのかはまだ不明瞭だがな。さすがに情報が足りない。というより肝心なところの記録が一切なかったな。誰かが消したか……?)
(竜の器……)
(ああ。そのあたりの情報はお前の家の地下室のほうが情報が多いだろうな)
(よし、帰ろう。今晩出る前に調べよう)

 一哉は引っ張り出していた本を片付け、帰宅の準備をする。 帰る間際に明石さんとあかりの様子を覗けば、二人そろって難しい顔をして本を睨んでいる。キャスターはすました顔で本を読んでいるが、その表紙が「美味しいみそ汁の作り方」なのはどういうことなんだ。

「明石さん、あかり、俺は家の調べもの思い出したから先に帰るけど二人はどうする?」
「あーー……私も疲れちゃったし、そろそろ帰ろうかな」
「僕はもう少し調べたかったんですけど、アーチャーも部屋を出てますし、帰ります」

 片付ける二人を待ってから、そろって帰途についた。
 日も暮れだし、町が綺麗な茜色に染まる。近くにいるはずのアーチャーやキャスターの顔が見えづらく、存在が揺らいだような感覚になる。 同じように制服を着て、この街を歩き、同じ夕日を眺めていても彼らは英霊で、過去の人物なのだ。例え、みそ汁の作り方に興味を示す彼でも。


・バーサーカー
真名、タクミ。 白夜王子タクミの成れの果て。

・美味しいみそ汁の作り方
キャスターの持っていた料理本。 明石さんが借りて帰った。