日も暮れ、街灯が街を照らし、静まり返る中、一哉は動き出す。ここからは魔術師の時間だ。
スニーカー、ジーパン、パーカーとラフで動きやすい服装で家を出た。ストラテジストに持って出るように言われた剣はショートスキーケースに入れて肩にかけてある。
人通りも少なく、家によっては明かりが消えている。校区内をぐるりと見て回るのが今日の目的だ。
昼間に遭遇したアーチャー陣営や明石さんと遭遇できればそのまま戦闘に入れる。さすがにまだ初日なので実家に強襲するほどではなし、ストラテジストは単独では戦いにくいサーヴァントだ。できれば手を組みたい。
夜の帳の降りた住宅街は日常平和そのもので、戦争が始まっているなんて横にストラテジストがいなければ、思いもしなかっただろう。 公園を抜けて行こうと足を踏み入れた時、嫌な予感にそのまま足を止めてしまった。
入ってきた入り口と反対の向こう側、そこにソレは棒立ちしていた。虫の集る街灯に照らされた白く抜けるような長い髪は後頭部で一つに結われている。その手にある弓は禍々しく、紺色のオーラのようなものが視認できるほどだ。纏う雰囲気は落ち武者のよう。
「マスター。いい判断だ」
声とともにストラテジストは俺とソレとの間に割って入った。
「あれ以上近づいて、刺激を与えようものなら退場していたな」
「ここで仕留められるか?」
「相手の力量次第だが、この狭い公園ではこちらに分がある」
「■■■■■■■■■■■■■■■■!!」
言葉を続けようとするストラテジストに口を閉じさせたのはソレの咆哮だった。
「姉さん、姉さん、姉さん、姉さん!!」
「いや、俺、男……」
ストラテジストの抗議もどこ吹く風、ソレはストラテジストを見つめ、ひたすらに姉さんと叫ぶ。
「姉さん!!」
手に持つ弓を構え、キリキリと引き絞られていく。
「姉さん、姉さん、あんたは、あんたは、あんただけは」
その標準はまっすぐとこちらに向けられており、障害物もない。
「僕が、僕が、僕がああああああああああ!!」
こちらに向けられる瞳はどろりとした血のように赤く、狂乱の檻にとらわれているのは自明の理。目の前のソレはバーサーカーだ。 このまま射抜かれてやるつもりは全くない。
「ストラテジスト!!」
「ああ!」
バーサーカーの手を離れた禍々しい矢は一哉に届く前に、ストラテジストの剣に叩き落される。
「さあ、行こう!」
ストラテジストは剣を持ちバーサーカーへと迫る。 ストラテジストがバーサーカーを引き付けている間に一哉は公園に結界を敷いて回る。
住宅街のど真ん中にあるこの公園でこのまま何もせずに戦闘を開始してしまえば被害は免れないだろう。 剣と剣がぶつかり合うような激しい音をBGMに一哉は作業を続ける。
一つ、二つ、と剣戟を数えなくなったころ、一哉の作業にも終わりが見えてきていた。と同時にストラテジストから念話が入る。
(作業中済まない)
(いや、もうすぐ終わるから問題ないよ)
(せっかく結界を敷いてもらったところ悪いが、状況が変わった。今の俺では勝てそうにもない。まあ、見てもらうのが一番早いんだがな)
ストラテジストの言葉に倣い作業をいったん止めて、剣戟の鳴り響く元へ顔を向ける。
そこにはバーサーカーが二人に増えていた。 バーサーカー二人が代わる代わる攻撃と防御を担い、ストラテジストを追い詰めていく。あのバーサーカーの猛攻を前にして、ストラテジストもよくもっている。なにしろ、こちらには一本の矢も飛んできてはいないのだ。
(撤退はできそう?)
(ぎりぎりなんとか、といったところか)
(手段は任せるよ)
(了解)
「覚悟はいいか!」
ストラテジストは討ちあっていたその超近距離で、手に持った剣の魔力を開放させる。 魔力はバチバチと音を鳴らし、雷となって二人のバーサーカーを襲う。
突然の激しい明滅にバーサーカーは動きを止めた。
その隙を狙い、ストラテジストは宝具の一つを展開する。
腰ほどまであったローブは消え、軽装鎧も白銀で全身を覆うものに変わる。馬を呼び、一哉を抱えて公園を離脱した。
追いかける矢はするりと躱す。 追いかけてくる気配はないが、道を曲がるまで執拗なまでに矢は追いかけてきた。
一哉は事前にストラテジストの宝具を聞いていたとはいえ、撤退手段が騎馬で住宅街を駆けまわることとは思いもしなかった。 ストラテジストに抱えられたまま、大慌てで姿隠しと消音の魔術をかける。これで夜半に白銀の鎧を着た青年と白馬は噂に上がることもなく、明日大騒ぎになることもないだろう。
後ろを振り返れば、バーサーカーの姿はなく、気配も公園から離れてはいない。撤退完了だ。
「マスター、先ほどの戦闘で分かったことが四つある。彼は俺を姉と勘違いしていること、二人目のバーサーカーは写し身であの弓が発生させている。さらにあの弓がバーサーカーの能力を底上げしている。射程は並の弓兵の倍はあるとみていい。弓の弱点である近接での戦闘も試みたが近接射撃も心得ているようで、弱点になりはしなかったよ。一対一の戦闘はオススメしないぜ」
「やっぱり、協力者を探して、君本来の戦い方にするべきかな」
「ああ、その方がまだ勝機はある」
「明日また、明石さんの説得をしてみよう」
*
夜も更け、静かな住宅街をアーチャーはマスターとともに歩いていた。 聞こえてくる音は車の排気音とマスターの足音くらいで、獣の声は聞こえやしない。
ふと、空を見上げれば、暗い空から月だけが二人を見下ろしていた。星は少なく、かすかに瞬くのみだ。
僕の生まれ育った世界との違いを感じる。 僕の生まれた国は自然が多く、星も綺麗だった。育った異界では、森に入り、狩りをした。 ここが森ならば、自慢の狩りの腕をマスターに見せられたのに。
いや、森だったからといって、果たして本当に見せられただろうか。この世界の森は人の手が入りすぎている。獣たちが出てきてくれるとは到底思えない。
少し休憩しましょう。そう言ったマスターは路地を抜け、公園に足を運んだ。 虫の集る街灯にじんわりと照らされた遊具は少し不気味で、昼間の喧騒と比較してさらに薄暗い。
公園の真ん中に人影があった。この時代では見なくなった着物を着ており、白く長い髪は高く結い上げられていた。男性はこちらに背を向けて立ち尽くしている。
「っ……!」
見覚えのある背中だった。
ずっと、ずっと追いかけてきた背中だった。世界で一番かっこよくて、一番強いんだ。
憧れていた。尊敬していた。自慢だった。
こんなところで会えるなんて思わなかった。 思わず、近くまで駆け寄って、肩に手を置いた。いつもみたいに笑って振り向いてほしくって。
振り向いた顔は恐ろしくも無表情で、お揃いだったはずの琥珀色の瞳は血のように赤かった。 手に持った弓は禍々しい気配を放ち、矢がつがえられている。その標準はしっかりとアーチャーの胸に向けられている。
アーチャーは信じられなかった。 街灯に照らされ、振り向きあらわになった顔は確かに、見知った顔で、弓を向けられていることを信じられなかった。
狩りの腕前を褒めてくれた。抱き着けば、柔らかく頭をなでてくれた。 素直な人ではなかった。僕が言うのもなんだけど、意地っ張りで捻くれた人だった。けれども優しいところもあるんだって、僕は知っている。 褒めてくれるときは柔らかく頭を撫でてくれながら、琥珀色の目を幸せそうに細めて言うんだ。
「よくやったね、----」って。
目の前の瞳は赤く、口からは怨嗟が漏れ溢れている。 その瞳はこちらを見ているが、僕のことを見てはいないだろう。 矢羽を持っていた手が離される。
ここで僕の戦争は終わるのかな。
「まったく、そんなだらしのない姿を兄さんに見せる気かい?」
突然の乱入だった。アーチャーの目の前にいきなり木が生い茂り、矢を防いだ。
乱入者は黒く逞しい馬に跨った男性だった。金の髪に黒の鎧。左手には魔導書が握られている。
「アーチャー、勝手に飛び出さないでください!」
心配したマスターが駆け寄ってくる。一通りアーチャーに怪我がないことを確認すると、金髪の青年に向き合った。
「助けていただいたことは感謝いたします。ですが、これにあなたにどんなメリットが?」
「それは撤退できた後に僕のマスターから説明があるはずさ。まずはこの場を切り抜けるべきじゃないかな」
「ありがとうございます」
金髪の青年は、駆けだしたアーチャーとそのマスターを見送ってから自身も後を追う。
白い髪のバーサーカーは先ほどと変わらず、呻きを挙げながらアーチャーだけを狙い続ける。金髪の青年はそれを丁寧に魔術で撃ち落とし、殿の務めをしっかりと果す。
公園を離れ、角を曲がったところで追撃がなくなった。バーサーカーはあの場所を動けない何かがあるのだろうか。
*
遠見の魔術で見ていたとは言え、明石由紀はハラハラとした心持で自身のサーヴァントの帰還を待っていた。
無事に公園のバーサーカーから離脱し、アーチャーとそのマスターを先導し我が家に向かっているのは知っているが、落ち着かない。
「マスター、戻ったよ。アーチャーとそのマスターには玄関で待ってもらっている」
「ありがとうキャスター」
明石は自身のサーヴァントの無事の帰還にほっと胸を撫でおろした。 戻ってきた金髪の青年ーーキャスターのサーヴァントに礼を言うと、明石は玄関へ向かった。
玄関扉の覗き窓の向こうには可愛らしい茶髪の少女が立っていた。 どこかで見たことあるような顔の気もするがと不思議に思いながらも、鍵を開けて彼女を招く。
比較的新しく歴史の少ないこの家も、紛いなりにも魔術師の家。中から招かないと良くないことが来訪者に起こる。今回はそういったことは避けたい。 彼女はおっかなびっくり、警戒しながらも招かれてくれた。
居間に通し、紅茶を持って戻る。 居間のソファーでアーチャーは好奇心と戦い、アーチャーのマスターはそれをなだめている。
「えっと、紅茶入れてきたんだけど飲める?」
「わあ、暗夜のお城で飲んだのだ!馴染みがないから結構好きだな」
アーチャーはいただきますと言ってから素直に紅茶に口を付けた。
隣のマスターが頭を抱えている。毒なんて入っていないけれど、迷いもなく口を付けたアーチャーに私も驚いたのだ。 彼女はさぞ振り回されているに違いない。素直すぎるアーチャーを持つ目の前の少女に多少同情した。
「毒は入ってないよ。今、あなた達を殺すよりも、生かして同盟を組む方がメリットが大きいもの」
「先ほどは助けていただき、ありがとうございました。紅茶もありがとうございます。その、同盟というのは?」
「さっきのサーヴァント。あなた達が来る前にあの公園で一戦があったのだけれど、それを見ていたキャスターが『あの強さを僕は知っている。あれは一対一で勝てるようなものじゃない。多人数で挑んでようやっと殺せたものだ』って言うから。助けに入ったの。一緒に戦ってほしくて」
「うん、いいよ。僕もあの人を止めてあげたいから」
私の言葉に返事をしたのはアーチャーだった。
「マスター、いいよね」
「止めても聞かなさそうなのはわかってます。勝手に飛び出さないでくださいね。傷が治せなくなりますから」
穏やかに微笑む彼女に、サーヴァントとの確かな絆を感じる。羨ましいと純粋に思う。キャスターとの間にはまだ壁を感じるから。
「決まりね。私の名前は明石由紀。サーヴァントはキャスターよ。よろしく」
「はい。僕は白谷あかりです。それとこちらがアーチャーです」
その後、同じ高校の隣のクラスだとわかり、詳しい作戦会議は明日することになった。先にバーサーカーと戦っていた蒼井くんとも共同戦線を張れれば心強い。 その日は連絡先を交換してお開きとなった。
・バーサーカー
白い髪を後頭部で束ねた男性のサーヴァント。 弓使い。 ストラテジストを姉さんと勘違いしている。
・キャスター
金髪に黒の鎧を着た男性。 明石由紀のサーヴァント。
・白谷あかり
アーチャーのマスター。 愛らしい顔立ちに可愛らしい服装を好む少年。 明石由紀は女性と勘違いしている。 丁寧で品を感じる物腰。素直でやんちゃなアーチャーに振り回されがち。
・アーチャー
白銀の髪の弓兵。 素直で深く考えずに飛び出してしまいがち。