1-6.fall down fall down

 俺たちはその後、ストラテジストと別行動をとり、六人と大所帯で移動していた。
 先頭を歩いているのはアーチャーで気分でもいいのか鼻歌を歌っている。
 宝具を開放できないという戦争に参加するにあたり、致命的な弱点を抱えているがアーチャーは些細なことと思っているのだろうか。このままではスキップでもしそうな勢いだ。
 続くのは明石さん、あかり、俺の三人だ。最後尾をアサシンとキャスターが歩いている。

「まさか、宝具が開放できないなんて……」
「はい。アーチャーの心的なもので、それさえ解消できれば大丈夫だとは思うのですが」

 勇気をだして申告したマスターのあかりはアーチャーと対照的に沈み込んでいる。
 無理もないだろう。宝具とは英霊の切り札だ。それが現在切れないというのは、戦争に負けることと等しい。一刻も早い回復が望まれた。
 これからも一緒に戦うあかりも、そして対バーサーカーとして戦力が欲しい俺達も。

「ストラテジストが何か策を考えてくれているさ」
「ええ、一哉くんが信頼しているのを見ていると、僕も信じられます」
「だから、そんなに暗くならなくてもいいんじゃないか?」
「そう、ですね。アーチャーの明るさを見習わないと……!」
「いや、あれは底抜けすぎるわ……」

 俺たちは戦争中なことが嘘のように笑いあった。同じ年で同じ学校で、きっと出会いさえ違えば友人としていられただろう。ただ、戦争が俺たちを繋いだんだ。聖杯戦争がなければ、出会うこともなかった。

 最後尾を歩くキャスターとアサシンは無言だった。足音だけがその場に響いていた。その無言に耐えかねたアサシンが口を開く。

「えっと、僕の顔になにかついていますか……?」
「いや。知り合いに似ている気がしてね。気分を害したのなら謝るよ」
「いえいえ、そんな!それに、人違いとか、気のせいですよ。こんな顔、たくさんいます」
「こんな軽薄そうで軟派な顔、そんなにいないと思うんだけど」

 アサシンは自身の顔をつねってアピールしてみたが、キャスターには効かなかった。
 アサシンの背に嫌な汗が伝う。 正直、アサシンは困り果てていた。たどった歴史は違うだろうが、知人であることがほぼ確定してしまっている。
 証拠はあった。今晩は実体化し現代服を着ているが、キャスターのコートの襟がひっくり返っている。襟が内側に向かって折れていた。こんな着方、あの人の弟君ぐらいだろう。
 ストラテジストの時も気のせい勘違いで押し通したのだ。ここもそのまま押し通させてもらいたい。

「……!」
「ちょっと!」

 消えてしまったソレに思わず足が止まった。明石さんに言われずともマスターの俺が一番わかっている。
どうしよう。どうしよう。どうすればいい、ストラテジスト。

「僕が探してこようか?」

 最後尾を歩いていたキャスターが提案してくれるが、それどころではない。念話で呼びかけるも応答は一切ない。

「ストラテジストの魔力が消えたのは神社方面です!行きましょう」

 あかりの声に引きずられるようにして走った。 終いには腑抜けてしまった俺を見かねたキャスターが霊衣を身にまとい、馬に乗せてくれ、先行してくれた。川辺を駆け、住宅街を抜けて行く。その間も念話を試み続けた。

(ストラテジスト……!ストラテジスト……!)
(そんなに呼ばなくても聞こえているさ……)

 ようやっと通じた念話に心の底からほっとする。

(心配したんだぞ!!)
(それはすまなかった。バーサーカーに撃ち落とされてな。詳しくは直接話す。すまないが山の上の神社に来てくれ)
(わかった)

 ストラテジストとの念話を切り上げ、キャスターには山の上にある星夜神社ほしよるじんじゃに向かうよう伝える。キャスターは快く受け入れてくれた。
 馬の脚は住宅街を抜き去り、大通りへ移り、まっすぐ神社を目指す。 ああ、そういえば。ストラテジストの魔力を探るのではなく、レイラインを辿ればよかったと今更気づいた。細く細くなってしまったが糸は確かにつながっていた。なくなってなどいなかったのに。

(ちなみに、バーサーカーの狙撃に気をつけろ)

 思い出したように付け加えられたストラテジストの言葉。疑問を浮かべる前に答えがわかってしまった。
 左から矢が飛んできて、すぐそばを通り過ぎ、アスファルトに突き刺さった。 付近にバーサーカーの気配はなく、方角的には学校から飛んできたものだが、どこから狙われているのか見当もつかない。 こんな精密射撃、バーサーカーの狙撃精度じゃないだろう!

「キャスター!どうにかならないのか!」
「あいにく僕はキャスターでね。狙撃されている矢を撃ち落としながらの早駆けは無理だ。君が何とかしてくれ」

 なんとかと言ったって、こちらはしがない魔術師でできることは限られている。 しかし、こうしてストラテジストも生きていた今、諦めるわけにはいかない。ストラテジストの願いを叶えてやるためにも。脱落するわけにはいかない。
 背負っていたショートスキーケースを開ける。中には我が家に伝わる宝剣が入っている。それを右手で構えた。片手で構えるには重いが腕に強化の魔術を施す。

(教えた通りにやれば大丈夫だ。タイミングは俺がとろう)

 思い出せ。ストラテジストの教えを。 まずは剣に魔力を通す。帯電すれば魔力が通った証で待機状態でもある。

(いまだ!)

 そして、目標に向かってタクトのように振る!

「雷よ!」

 剣から雷がほとばしり、矢を焼き尽くす。響き渡るはずの雷鳴がいつまでたっても来ないことに首を傾げていると、なんの魔術も施さず、馬を走らせていると思っていたのか!と前から怒られた。面目ない。

(そら、続々くるぞ)

 ストラテジストの言葉に空を仰ぎ見れば、たくさんの星に紛れるようにして点在している赤く禍々しい光があった。あれらはすべてバーサーカーの放つ矢だ。 あまりの多さに顔を引きつらせるしかなかった。
 雷を呼び矢を弾き、山を駆け登った先に鳥居が見えた。勢いそのままに駆け込めばピタリと矢が止んだ。
 この星夜神社ほしよるじんじゃは山の上にあり、街が見渡せるようになっている。背後には山脈が連なり、街境まちざかいにもなっている。小さな社と狐と犬の狛犬があるぐらいの小さな神社だ。先ほど登ってきた心臓破りで有名な階段もあるため、あまり人が寄り付かないのではと思っていたがそうでもないらしい。適度に清掃され、手入れが行き届いているのがわかった。
 小さな頃は学校終わりにここまで走ってきて、遊んだりもしていたっけ。水色の髪をした女の霊がでるとか噂もあって、夏場は肝試しスポットでもあった。
 社の賽銭箱の向こう側、中へと続く扉の前にストラテジストは倒れていた。宝具は解け、いつものローブ姿だ。矢で貫かれたのか、あちらこちらから出血の跡が見て取れた。

「頼むから、応答くらい、してくれ……」
「すまんな。気絶していた」
「サーヴァントに気絶なんてあるのか?まあいいや。傷を見せてくれ」
「傷ならこの社の主が治してくれてな。もう塞がっているんだ」

 広げて見せたコートの中の傷は血も止まっている。傷は塞がったものの、動けるだけの気力がなかったのか。ストラテジストが立ち上がり、埃を払えば、コートの穴も消えた。エーテルで編まれたコートだ。直すのも一瞬だ。

「さて、由紀たちが来てから紹介しよう。説明もすべてそこで」

「あわわわわわわわわわ」

 矢の嵐の中、神社の階段を明石さんとあかりが駆けあがってくるのが見えた。殿はアーチャーが務めており、手に持った弓で応対している。器用なもので降り注ぐ矢の対応をしながら、バーサーカーに矢が届かないか試しているようだった。あいにく、それも射落とされているようだったが。
 三人そろって鳥居をくぐれば、俺たちの時と同じように矢は止んだ。ストラテジストの言うこの社の主の力だろうか。もしくはギリギリ、バーサーカーの射程圏外なのか。
 英霊であるアーチャー以外の二人はそろって肩で息をしている。明石さんなんてそのまま倒れ込みそうな勢いだ。あかりも自身の膝に手を置き、辛うじて立っているような状況だ。

「いい運動になったね!」

 アーチャーがいい汗かいたとばかりに額の汗をぬぐった。

「なるかあっ!あなた、野生児かなにかっ……?」
「アーチャーは野生児、です……」

 明石さんが食って掛かったが、アーチャーの真名を知っているあかりだけがそれにツッコんだ。いや、事実だったとしてもフォローになってないと思うぞ。

「キャ、キャスター……こんなの、聞いて、聞いてないよ……」
「警告はしたはずさ。バーサーカーの射撃に注意して星夜神社ほしよるじんじゃまで来てほしいと」
「だからって、心臓破りの大坂を休憩なしで走り抜ける羽目になるなんて、誰が思うのよ!!」

 ごもっともである。 さっきの俺も同じ感想だった。違うとすれば、彼女たちは自身の脚で、俺とキャスターは馬で登ってきたことだった。大違いである。

「ほら、ストラテジストが説明してくれるんだから、コントは後にしてくれないか」

 声をかければ、すぐさまやめ、全員がストラテジストのほうに向きなおった。みんな、何がどうなったのかを知りたがっている。

「まず一つ目。上空からドラゴンに乗りバーサーカーを探していた俺だったが、見事に撃ち落とされた」
「馬鹿じゃないのかい」

 滅多にしない自身の失態にくすくすと笑い続けるストラテジスト。俺もキャスターと同意見だ。馬鹿じゃないのかこいつは。

「バーサーカーの居場所を掴みかねていたところで、射程に入り込んでしまった。墜落を覚悟した時点でジルは還した。この山の中に落ちて、なんとか社までたどり着き、治療してもらったというわけだ。それで、治療してくれたのがこの社の主である彼女だ」

 ストラテジストの視線の先、正しくは彼の背後、そこにころりと小さな竜がいた。自身の身の丈ほどもある丸い水晶玉を抱えており、水色と白のまだら模様に、赤い額と手足を持っている。尾っぽは金魚のように優雅だ。
 ストラテジストの後ろから、ちらりとこちらを覗いただけで、出てくる様子はない。

「ああ、助けてくれてありがとう。本当に助かった」
「ストラテジストさんを助けてくれてありがとう!」

 ストラテジストとアーチャーは楽しげにその竜を交えて会話しているが、竜の言葉は聞き取れず、会話が穴抜けで疑問が浮かぶ。あかりに視線で問うても首を振られてしまった。 あの竜の声が聞こえているのはアーチャーとストラテジストだけのようだ。

「それで、二つ目だが、バーサーカーの居場所が分かった」
「撃墜されたおかげで?」
「そう、撃墜されたおかげでな」

 ストラテジストは俺の嫌味を意にも介さない。お前ほんと図太いな。

「場所は、お前たちの通う白柳高校はくりゅうこうこう。その屋上にいる」

 白柳高校はくりゅうこうこう。街の東側に位置している、俺たちの通う公立高校だ。この神社の北西の高台の上にある。
 田舎特有の敷地を持て余した大きなグラウンドが特徴的だ。校舎にたどり着くには螺旋状に高台を巻いている坂を上らなければならない。

「高台にある高校の屋上にいられては、手が出しにくいですね……」
「目算だが、今のバーサーカーの射程距離は高台の見晴らしのよさも含めて川を超えた市街地まであるだろうな。さすがに風車公園までは届かないだろうが」
「ひとまず、アサシンにはこのまま単独で暗殺に動いてもらう」

 ストラテジストの視線に頷くとアサシンはその身を闇に溶かした。

「これが決まればいいが、そうではなかった時の為にも俺たちはこのまま正攻法で近づき、撃破を試みる。俺と一哉は以前話したように前衛で囮だ。バーサーカーの気を引くことが仕事だ。キャスターとアーチャーは俺の後ろを進んでくれ。適宜俺がカバーしきれなかった矢を頼む」

 他に質問は。ストラテジストの言葉に皆が皆、口をつぐんだ。 作戦決行だ。


・星夜神社
古くからある神社。 水色の髪の女性のお化けが出るとかでないとか。 小さな竜が主をしている。