1-7.moonlight blue

 アサシンは夜の闇を駆けていた。霊体化し、気配を薄く薄く引き伸ばして遮断して、白柳高校はくりゅうこうこうに居座るバーサーカーの元を目指す。
 あの人の指示のもと、もう一度一緒に戦場を駆けられるとは思わなかった。青空の下ではないことだけが悔しい。もう一度あの空の下へ、仲間の元へ帰るんだ。
 アサシンは矢の雨を受けずに高校のふもとにまでたどり着いた。そして宝具を展開する。
 月下の花ムーンライトブルー。 青空の下へ帰れず、暗い夜の国で息絶えることになったアサシンの死に様が具現化した宝具だ。騎士であったアサシンが暗殺者となったのは、かの人に仕えてから、すなわち暗い夜の国での出来事。夜の間のみ気配遮断スキルのランクを大幅に上げ、暗殺の確率にも補正が入る。
 校舎に向けて螺旋を描く坂を走る。さすがにこれくらいで息をあげたりはしないが、生身の人間にこの走り込みはしんどいものがあるだろう。後々この坂を上ってくる羽目になるマスター達には同情する。
 校門を飛び越え、順調に校舎内へと潜入を果たした。あまりにも上手くいきすぎている。不安に苛まれながらも上を目指す。
 校舎は昼間の喧騒とは反対に静まり返っていた。何百人と人のいた場所に人の気配はほとんどなく、不気味さがより際立っている。
 屋上にはバーサーカーとそのマスターらしき女性がいた。こんな真夜中に制服を着て柵の向こう側に立っている。まさか飛び降りる気なのだろうか。それはそれでこちらには好都合ではあるものの、寝覚めが悪い。

「私なんて、いない方がいいんだ。いつもいつもできのいい弟と比較されて、愛想も振りまけず、誰からにも必要とされず、誰にも愛されず、ただただ消費して、私なんて私なんて私なんて」

 彼女の口から漏れ聞こえる呪詛が風に乗り、アサシンの耳にまで届く。 よくよく二人を観察してみれば、マスターであろう彼女はバーサーカーに精神が引っ張られていることがわかる。バーサーカーとのリンクが彼女を負の連鎖に陥らせている。
 ならばバーサーカーを仕留めてリンクを切れば、彼女はまだ明るいところで生きられるのではないか。
 アサシンはナイフを構えて、月の下へと踊りだした。バーサーカーとの距離は目算で約数メートル。バーサーカーの背後を取り、ナイフを突き立てようとした。そのとき……
 ぐるり。バーサーカーがこちらを振り向き、弓を構えた。こちらをまっすぐと射抜く赤い目と目が合ってしまった。
 失敗した……!
 暗殺が失敗した際には速やかにその場から離脱するよう、ストラテジストからは重々言い含められている。だが、さすがにこのままでは退避ができない。
 退避しようと移動した瞬間、射抜かれて終わりだ。また僕は帰れないのだろうか。
 諦めない。 ストラテジストに持たされていた宝珠を使用する。銀色の装飾の施された赤い宝珠だ。それを空高く投げる。
 宝珠は光り輝き、バーサーカーの視界を一瞬だけ奪った。 身軽さを優先させた忍装束は溶け、見慣れていた鎧へとその姿を変える。口を読まれないためにしていた口布ももう必要ない。亜麻色の髪が揺れた。
 宝珠の効果で傍に来てくれた馬に跨り、屋上を飛び降りた。 後を追うようにバーサーカーの禍々しい赤い矢が校舎を走り抜けるアサシンに降り注ぐ。
 アサシンは空を仰ぎ見て矢を確認すると、それらすべてを回避した。馬を操り校舎を抜け、坂を下る。こちらに向かっているだろうストラテジストたちへとまっすぐに走った。

 一方、一哉達は高校への道を最短距離で移動していた。あとはこの道をまっすぐ行けばふもとへとたどり着ける。
 しかし、その霊基をシールダーへと変えたストラテジストに合わせるように牛歩の進みだった。 バーサーカーがこちらを見つけていないのか、はたまた別の物事に気をやっているのかはわからないが、現状矢の雨は止んでいる。

「なあ、ストラテジスト。今のうちに進めるだけ進んだ方が……」
「来るぞ……」

 一哉が進言したその時だった。 空に赤い星が増えた。一つ、二つでは済まない量。既存の星を覆うほどの量だった。空が赤く染まる。
 ストラテジストは足を止め、大きな盾を構えた。全員、矢を避けるために盾の蔭へと入る。この大盾を持っての進軍だったため、足が遅くなっていたのだ。
 道の向こうに影があった。それは凄まじい速さでこちらへと走ってきていた。馬を駆るアサシンだった。
 バーサーカーの矢はもう目前まで迫ってきている。その勢いはまだ緩いもののぽつぽつと振り出している。
 矢の一つがまっすぐとアサシンを捉えた。 間に合わないのだろうか。彼を助けるにはどうすれば。雷を呼ぶか。いや、剣を振るという呼び動作が必要だ。もう間に合わない。
 アサシンは自身を狙っていた矢を手に持った剣で叩き落す。駆け抜ける勢いそのままに大きく飛んだ。ストラテジストの大盾を超えて、一哉達の頭上付近で馬はエーテルに溶けてしまった。漂うエーテルを縫ってアサシンが大盾の影に滑り込んだ。 途端、バケツをひっくり返したような矢の雨が降り注ぐ。

「ごめんなさい、失敗しました……」

 アサシンは眉尻を下げて報告した。アサシンが成功していれば、直接正面切ってバーサーカーと戦う必要もなかったのだから。

「いや、よく頑張ったな」
「……はい!!」

 ストラテジストは大盾を構えているため視線を外すことはないが、アサシンの報告に褒めて返す。
 盾を支える右手でアサシンを傍に招いた。その手は亜麻色の髪へと差し入れられた。わしわしと頭を撫でていた。
 お互いの顔はわずかに微笑んでおり、どこか嬉しそうだ。 矢の雨をやり過ごし、また校舎を目指す。降り注ぐ矢は止まったものの、その矢はひたすらにストラテジストを狙い続けるようになった。

「ターゲットが俺に移った!!キャスターとアーチャー陣営は坂を駆け登れ!アサシンは二組のサポートだ。一哉は俺と一緒に矢をさばきながら上を目指す」

 ストラテジストの号令に一哉以外は走り出した。バーサーカーの矢は変わらずストラテジストを執拗に狙う。
 二人で矢をさばき、どれくらい経っただろうか。しばらくしてバーサーカーの矢が止まった。かわりに上で地響きのような大きな音と武器と武器がぶつかり合う音がするようになる。 ストラテジストは再びその霊基を変え、いつものローブ姿に戻る。大盾は歪な形をした剣と黄色い魔書に姿を変えた。

「ターゲットが上に移ったな。俺達も急ぐぞ」
「ああ!」

 たどり着いた校舎と校庭はいつもと様相が違っていた。陸上部が走り込んでいた地面は細かい穴が開き、校舎の左右では地面が盛り上がり、屋上までの階段を形成していた。これ、明日には本当に直っているのだろうか。
 屋上のバーサーカーはあの夜のように二人に増えていた。交互に矢を放つため、隙が無い。
 あかりはアーチャーと行動を共にしており、バーサーカーの猛攻を二人でしのいでいる。
 明石さんはキャスターの後ろに乗り、屋上を目指しているが阻止されている。 バーサーカーの攻撃は主にアーチャーが狙われていた。白髪に何かトラウマでもあるのだろうか。バーサーカーの猛攻により、二組は再び後退し始めていた。

「ん……!?」

 何か気になることでもあったのか、ストラテジストは戦場にも関わらず考え込んでしまった。 その隙を狙ってか、バーサーカーの攻撃がこちらに移る。
 一哉はストラテジストの前に出て剣を振るう。雷が落ち、矢は届かない。
 一つ、二つ、三つ。矢はこちらに飛んでくる。雷で落とすのが精いっぱいだ。キャスターとアーチャーも、もう一人のバーサーカーに抑えられている。

「アーチャー、あかり!一旦、後退してくれ。新しい策を伝える!キャスターとアサシンはその間耐えてくれ!!」

 策を練り終わったストラテジストが声を張り上げた。各々、その指示に従う。姿を消していたアサシンも再び校庭に降り立った。

「そしてマスターにはこれだ」

 ストラテジストに手渡されたのは先ほどまで彼が持っていた黄色い表紙の魔書だ。

「は?」
「もうそろそろ魔力に余力がないだろう。それなら魔力消費なしで使える。相性はいいはずだから照準を合わせて言の葉を乗せろ。作戦を伝えている間に矢が飛んで来たら頼む」
「お待たせしました!」

 こちらが異議を唱えようと口を開きかけた時、あかりとアーチャーがこちらにたどり着いていた。
 アーチャーが手に持っているのはいつもの弓だが、あかりの手にあるのは見慣れないものだった。細い木に細かく切った紙の帯のようなものが付いている。神事で見るようなものだ。
 三人の作戦会議に参加したいところだが、バーサーカーの矢が飛んできてそれどころではない。 ストラテジストの言ったように照準を合わせる。魔力を込めずに魔書の伝えてきた言の葉を乗せた。

「トロンっ!」

 先ほどまで剣を媒体にして落としていた雷とは比べ物にならないようなエネルギーの塊が飛んでいった。もうこれビームだよビーム。
 魔力消費がなく、これだけの威力を持っているって良いことづくめかと思ったが、どうにもそうではないようで、回数制限があった。二十五回。
 それまでに作戦を終えるつもりのようだ。 バーサーカーのストラテジストを狙う執拗な攻撃は粘着質なだけでリズムが単調でタイミング自体は合わせやすい。

(あっ……)

 しかし、単調なリズムに目が慣れきってしまい、矢を打ち漏らした。 ストラテジストへと魔力が強引に引っ張られる。ここにきての宝具大盤振る舞いに腰から落ちた。おかげさまで矢を避けることはできた。

「戦局を変える!」

 ストラテジストの宝具同時展開に魔力をごっぞり持っていかれ、意識を保つので精いっぱいだ。
 俺の前に立つストラテジストは緑のローブを着ていた。七色の風に吹かれてローブの裾が翻る。手にはまだ見たことのない杖が握られていた。


・月下の花
アサシンの宝具。 ステータスを大幅アップし、暗殺の成功確率を上げる。