空白

『小西先輩が死んだ。』
4月15日、霧が立ち込める中、電信柱に逆さ吊りになって発見された。
4月12日にテレビアンテナに逆さに吊された状態で山野アナは遺体で発見された。
小西先輩はそれの第一発見者で、警察に事情聴取されたり、マスコミが追い掛けてきたりと忙しかったようだ。
最後に会ったのは、13日の夜。
小西先輩が山野アナを発見した翌日。
放課後に何もすることがなくて、バイトに出てきて、その時に軽く挨拶を交わしたのが最後。
好きだったんだ。
もっと話をすればよかった。もっと一緒に遊びに行きたかった。
後悔先にたたず。と昔の人はよく言ったものだ。
後悔ばかりが出てきて、ますますヘッドフォンが離せなくなった。
小西先輩がいなくなった。
なのに俺は泣けない。
大好きだった先輩が死んだんだ。
泣いたっていいだろう?
けれど、涙なんてちっとも出てくれなかった。
涙と一緒にこの思いも流してしまえればいいのに。
時間が傷を癒してくれると信じて、学校やバイトに精を出した。
―――――――
4月30日。クラスメイトの天城が死んだ。
山野アナや小西先輩と同じように、テレビアンテナに吊されて遺体は発見された。
それほど仲が良かった訳ではないので、泣きはしなかった。
近くの席の里中が泣きもせず、ただ俯いているだけだったのが気になった。
それからは、巽完二、久慈川りせ、が家出で数日行方不明になった。
担任のモロキンも遺体で発見された。
山野アナ、小西先輩、モロキンを殺した犯人は数日後に捕まった。
その犯人は俺と同じ高校生で、全ての容疑を認めたらしい。
これで、ようやく終わったんだ。
終わった。
そう思うと心が軽くなった気がした。
やっと泣くことができた。
終わった?
いや、始まってすらいない気がする。
教室の俺の席の前。そこだけ春からずっと空席だ。
まるで、あるべきものが無いようにポッカリと空いている。
―――――――
何かが胸に引っ掛かったまま、修学旅行に行く。
企画、立案byモロキン。
死してなお俺達を縛るのか……
場所は都会の学校、月光館学園。
朝から晩まで見事に”修学”旅行だ。
体験授業を1つ終えて、別の教室に移動する。
その間に俺はクラスメイトとはぐれて、さらに道に迷った。
新しくて、広くて、綺麗な廊下に一人ポツンと立つ。
耳を澄ませど、クラスメイト達の声は聞こえない。
どうしようか。と思いながらポツポツと当てもなく歩く。
響くのは俺の足音だけ。
カツカツカツ
1つ足音が増えた。
前方から一人の男子生徒がやってきた。
月光館学園の制服を着ていて、綺麗な銀灰色の髪の生徒。
切り揃えられた前髪から覗く瞳は鋭い。
「すいません!」

俺は道を聞くために男子生徒に声をかけた。

「あぁ、それなら。」
男子生徒は詳しく道を教えてくれた。
これなら、なんとか合流できるかもしれない。
「ありがとうございます。」
礼を言って、立ち去ろうとすると「せっかくだから、送るよ」と送ってくれることになった。
男子生徒は当たり前のように、俺の隣に並んだ。
カツカツカツ
二人分の足音が廊下に響く。
それから男子生徒は口を開かなくなった。
俺は無言に堪えられない方なのだが、この男子生徒は別のようだ。
隣にいるだけで、嬉しい。
話をしようと思わない。
隣に立って、一緒にいられるのが嬉しくて、楽しい。
今まで気になっていた空白がやっと埋まった。
「俺達、会うの始めてだよな?」
思った疑問を口にすると、隣の男子生徒は一度首を傾げる。
「そのはずだけど、始めて会った気がしない?」
「そう!なんだろうな。ずっと前からお前を知ってる気がする。お前が隣にいるのが当たり前な、そんな感じ。」
自分でもどう表せばいいのかわからず、言葉に詰まる。
「着いたよ。」
言葉を選んでいると、1つの教室に着いた。
中を覗けば八高の制服が並んでいる。
緑のジャージを発見。里中だ。
「送ってくれて、ありがとな!」
「いえいえ、どういたしまして。」
男子生徒はそれだけ言うと去って行った。
不思議なヤツだった。
ずっと一緒にいたいと、何故か思った。
―――――――
修学旅行から帰って来ると、1つ年下の探偵王子、白鐘直斗が家出をした。数日すると戻ってきたが。
文化祭も特に何かが起こる訳もなくいつもと同じように平凡に終わった。
11月に入ると、新たに家出人が現れた。
小学生一年生の堂島菜々子ちゃん。
彼女もしばらくすると帰ってきた。
12月になると町を霧が覆った。
一歩先も見えなくなるくらいに霧が濃く、町を覆う。
町の人間の発言が段々と怪しくなる。
空が赤と黒のマーブル模様に見える。
ついに目まで可笑しくなったのか。
学校へ行く途中に黒いドロドロとしたモノを見た。
地面を這っている。
あるのは右手と煌々と輝く黄色の瞳。
その黒い物体から目が離せない。
俺はこの黒い物体を知っている。
確信を持って言うことができる。
ガサガサ
黒い物体の後ろの草むらが揺れる。
黒い足が見える。どうやら人のようだ。安心した。
足は順調にこちらにやってくる。
距離が近くなり、上半身が見えてくる。
八高の男子制服。肩にはオレンジ色のヘッドフォン。コードは制服の内ポケットの中へ続いている。
顔は俺とそっくりで、逆に間違いを見つけるのが難しいほどそっくりだ。
違うところを2つ見つけた。
俺とは違う勝ち気な目と黄色の瞳。
霧が出ていてあたりが暗い中、その瞳だけが煌々と輝いている。
『始まってすらいないのに終わるとはなんとも面白い話だなぁ、俺!
もうすぐ、全部が終わるんだ。だから一足先にお前は終わっとけ!!』
気がつくと俺そっくりのヤツは俺のすぐ目の前にいて、俺の首を握っている。
グッと両手に力を入れられ、気管が狭まる。
肺に酸素を送り込めない。
涙で歪み始めた視界にニヤニヤと笑う俺がいる。
苦しい苦しい苦しい!!
苦しさでギュッとまぶたを閉じる。
「た、すけて……孝介……」
黒いまぶたの裏に八高の男子制服を着た銀灰色が見えた気がした。
―――――――
12月に入って霧がよく出るようになった。
みんなの言動が日を追う事に可笑しくなっていく。
時価ネット田中もガスマスクを売り出すようになった。
前の方が面白かったのに。
霧が濃いため、交通事故に気をつけて学校へ向かう。
学校では終わりが近づいている、という噂が飛び交う。
これはまるで、2年前のカルト騒ぎと似ている。
前はニュクスがどうとかだったけれど、今度は違うようだ。
カツカツカツ
ローファーの踵がアスファルトとぶつかり、音をたてる。
そういえば、彼は大丈夫だろうか?
修学旅行で月光館学園に訪れていた彼。
クラスメイトとはぐれて迷子になっていた。
ハニーブラウンのふわふわした髪と肩に乗ったオレンジ色のヘッドフォン。
始めて会った気がしなかった。
この時ばかりは信じてもいなかった運命を信じた。
隣にいるのが当たり前のように感じた。
2年生になり、ポッカリと空いていた空白が埋まったような。
彼の笑顔が脳裏に浮かぶ。
一度しか会っていないし、相手は同性なのに、どうしてこんなにも愛おしく感じるのだろうか?
あぁ、遂に自分にも霧の影響が出てきたか、と簡単に片付ける。
「た、すけて……孝介……」
ハニーブラウンの彼に呼ばれた気がして、立ち止まり、振り返る。
だが、後ろには何もなく、ただ霧があるだけだ。
耳まで可笑しくなったか。
どうやら、病院に行ったほうがいいようだ。
今日の放課後に病院に寄ろう。
そう決めて、再び歩きだす。
前から人がやってきた。
学校に向かう生徒の波を逆らって歩いてきた。
姿が見えるほど近くに来た。
その姿を見て、驚愕する。
俺と同じ髪型をしていて、俺と同じ髪色で、俺と同じ顔をしている高校生。
俺よりは少しだけ筋肉質だ。
服装は八十神高校の制服。
前に修学旅行で月光館学園に来ていた学校。
俺と違うのは服装と黄色く輝く瞳だけ。
相手は俺の前で立ち止まる。
俺も相手の前で立ち止まった。
クスクスと相手は笑う。
「何が可笑しい?」
『いや、俺はからっぽのまま終わるんだと思っただけさ。
からっぽのまま、誰かに希望を見せることなく、絆を築くこともなく、心から笑い合うことなく、終わるんだ。ゼロはゼロのまま23になることなく、終わる。
終わりだよ、俺。』
最期に見たのはニヤリと笑った俺の顔だった。
(If a hero does not come)
2021年6月29日