マガツの中で

赤と黒が混ざり合ういびつな空のマガツ稲羽市を一人の少年が歩いていた。
その背丈は180近くあるものの全く威圧感を感じさせない。
すらりとしたその身体には無駄な筋肉がついておらずバランスがとられている。
少年は地元の高校の学ランを身に纏っており、その右手には一振りの日本刀が握られている。
このマガツ稲羽市には大量のシャドウが存在しているが少年の力が強大過ぎるため近寄れない。
「本当に”俺”も愚かだなぁ。最初から一つ、一つ考えていけば犯人はアイツだとわかるだろうに。」
少年はぽつりと呟く。
だがその呟きは誰に聞かれることなく消えていく。
あえて聞いているモノをあげるとなれば、彼の力に怯えている誰かの心の闇、シャドウのみだ。
「あぁ、暇だ。罪悪感で人は死ねるというけれど、退屈でも人は死ぬんだ。
なら、俺は今にでも死にそうだ」
少年の足は止まらずに歩き続ける。
いつの間にかマガツの中の商店街にたどり着いていた。
彼は惣菜大学の表に出ている箱に座る。
刀は机に立て掛けられた。
少年はその美しく長い足を組む。
目線は右の自販機から前の空席へと移動する。
「自販機からジュースが出てくる訳でもなく、おばちゃんもいないからコロッケもビフテキ串もない。ましてや一緒に食べてくれるモノもいない。」
少年の発した声は哀しさを多分に含んでいる。
ただ、少年は寂しかった。
少年もまた誰かの心の闇、シャドウと呼ばれる存在だ。
少年は自身の強大な力により”本体”と離れて自立し、行動できる。
彼ほど力の強いシャドウはいまだ存在していない。
匹敵するほどのモノはいたのだが、みんな”本体”に認められシャドウからペルソナに昇華した。
ならば今、存在している少年は”本体”である少年に認められていないかというとそうではない。
ただ単に少年の力が強大で、また少年の”本体”も少年が自立し、行動できていることに気がついていないからだ。
「独りは退屈だ。」
少年は心底おもしろくないといった感情を表して声にする。
空を見上げると赤と黒のシマシマが広がっている。
この空はいつか青くなるのだろうか。
そう思いながら心のどこかで諦める。
諦めていれば踏ん切りがつくからと少年は少年の”本体”と同じようなことを思った。
「相変わらず暇そうにしてるな相棒。」
少年は前から飛んできた声の正体を確認するために上を向いていた頭を正面に向ける。
そこには一人の少年が机の上で足を組んで、胸のところで腕を組み座っていた。
ハニーブラウンのふわふわと柔らかい髪が外へはねている。
前髪は真ん中あたりで左右に分かれている。
服は地元の高校の学ランで襟に付けられているバッジから二年生であることがわかる。
少年の首元にはオレンジ色のヘッドフォンがかけられていた。
コードは内ポケットの中の音楽再生機と繋がっている。
稲羽に住む者なら誰でも彼を知っている。
彼はあまりいい意味ではないが有名人だから。
彼の名前は花村陽介。田舎の稲羽にできたジュネス八十稲羽店の御曹司。
ただ彼の瞳はヘーゼル色ではなく闇の中に煌々と輝く金色だ。
今、少年の目の前にいるのは花村陽介のシャドウ。
花村陽介のシャドウもまた少年と同じように力が強大なので、自立し行動している。
「何をしにきたんだ。スサノオ」
「いやいやお前が近くを通り掛かったなぁって思って出てきただけだよ。」
少年は目の前の花村陽介のシャドウをスサノオと呼んだ。
今の花村陽介のシャドウはただのシャドウではない。
認められてペルソナとして昇華したのだ。
花村陽介のシャドウとは呼べない。
彼の”本体”と区別が瞳の色くらいしかないため、少年はスサノオと呼ぶことにしたのだ。
「なぁ、スサノオ。今からアイツのところに行かないか?」
少年の言った言葉にスサノオは目を丸くする。
スサノオはきちんと聞こえてはいたが思わず聞き返したくなった。というか聞き返した。
「いったい何をしに行くんだ」と。
すると少年は坦々と答えた。
「ただ、話をしに行くだけだよ」

スサノオは少年に一応行くことに対して丁重に、そして丁寧に拒否をした。
だが、少年はスサノオの襟首を掴み引きずって行った。
スサノオは全力で逃げ出そうとはしてみたものの、父の名を関する少年には勝てなかった。
逃げないから自分の足で歩く。とスサノオが申告すると少年はあっさりと手を離した。
しばらく少年とスサノオは肩を並べて歩いていると黄色の「WORKING」と書かれたテープが張られて立ち入れないようにされている部屋の前に着いた。
「スサノオ」
「はいはい、了解しましたよリーダー」
スサノオは少年の一言から意味を汲み取ると右手をふり疾風を生み出す。
スサノオの生み出した疾風は黄色のテープを引き裂き、赤と黒の空へと巻き上げる。
少年は障害物となっていた黄色のテープが空へと消えたのを確認すると一歩部屋へ踏み入れた。
スサノオは少年の後に続き部屋へ踏み入る。
部屋は必要な物しか置かれておらず、また綺麗に片付いていた。
ただ、部屋の中は暗く、禍禍しい雰囲気が漂っている。
部屋の中央にぽつんと3人は座れそうな大きめのソファーが置かれている。
そのソファーにだらし無く座っているのが稲羽市猟奇殺人事件の真犯人の男。
黒いスーツにシワの寄ったワイシャツ。
赤いネクタイはだらし無く歪んでいる。
まるで付けている人の心を表しているようだ。とスサノオは思った。
「甥っ子くんに花村陽介くん、だっけ?二人で何しに来たの?」
男はいつものように少年とスサノオに声をかけた。
その声は人を二人も殺したのかと疑いたくなるほど日常のそれと同じだった。
その声色と反省の無さにスサノオは怒りを覚え、攻撃を加えようと一歩踏み出す。
彼は花村陽介の本音の部分だ。
怒りを隠す必要も何もない。
だが一歩踏み出すだけで何もできなかった。
隣に控えていた少年がスサノオを止めた。
「今お前がこの人を殺したところで”お前”は納得しないだろ。今は抑えろ。」
「クソッ!」
スサノオは踏み出していた一歩を引いた。
少年はそれを見ると、もうスサノオに男を攻撃する気はない、と判断し男を真正面から見た。
「はじめまして、と言うべきですね。足立さん。俺は堂島遼太郎の甥っ子のシャドウ、イザナギです。」
少年は男、足立透に自身の名を告げた。
国生みの男神の名を。
「あ、本当だ。甥っ子くんの目は綺麗な銀灰色だもんね。君のは金色だ。でもそれ以外の違いなんてわからないな」
全く興味がないというようにそれだけ確認すると足立透は口を閉じた。
「俺は貴方が嫌いです。人を殺しておいて何の罰もなく、のうのうと貴方が生きているのが嫌です。だから良ければ自首して罪を償ってください。別に俺は説得に来た訳ではないですよ。貴方を懲らしめて罪を償わせるのは”俺”の役目ですから」
イザナギは噛まずにすらすらと述べるとやり切った顔をして足立を見つめた。
バンッと乾いた音が部屋の中に響き渡る。
足立透が憲法で認められて所持している銃をイザナギにむけて撃ったのだ。
だが、イザナギに弾は当たらず無傷だ。
イザナギの頭上に癒しの光りが降り注ぐ。
スサノオのディアラマだ。
イザナギが傷つくのが堪えられないスサノオは銃の音が聞こえた瞬間、術を発動させていた。
「そんなに”俺”が嫌いですか。」
イザナギは首を傾げ、子供っぽく足立透に聞く。
「あぁ、嫌いだね!キミのその目も、甥っ子くんの諦めない目も嫌いだ。子供は子供らしくしてればいいのに、いらない正義を振りかざして。馬鹿じゃないか。」
足立透は心の底から嫌いという感情を押し出して吐き捨てた。
その瞳からは先ほどの優しさは消え去っている。
変わりに現れたのは怒りをはじめとした負の感情。
「逃げるぞ。」
イザナギは呟くとスサノオを横抱きにする。持ってきた刀は脇に挟んだ。
突然横抱きにされパニックになっているスサノオを無理矢理抱きしめ「トラエスト」とイザナギは言った。
イザナギと抱きしめられたスサノオの姿が朧げに霞むとあたりが強く光った。
光りが収まり、足立透が目を開くとそこには神の名を持つ二人のシャドウはいなくなっていた。
「あーあ、逃げられた。まぁいっか、このお礼は甥っ子くん本人にしてもらおうか」
足立透は言うとソファーにごろりと横になった。
思い出すのは煌々と輝く金の瞳をもつガキンチョ二人と、少しうるさい上司。
それと彼の妹の安否。
妹?いや従兄妹だったか?
まぁ、そんな小さなことは気にしてられないと足立透は眠りに落ちた。
2021年6月29日