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復活×SPYFAMILY
大人十代目綱吉くんがフォージャー家に挨拶してご飯食べるだけ。


東人民共和国の首都バーリント公園通り一二八にごくごく平凡な家族があった。
インターホンが来客を告げる。
「ヨルさん、すみませんが出てもらえませんか?」
男はキッチンで料理をしながら、リビングにいるであろう、妻に声をかけた。男の振るう、熱せられたフライパンに色とりどりの食材が踊る。火にかけられた鍋にはコンソメスープが満たされている。食欲を掻き立てるようにくつくつと煮立っていた。
男はこの家族の父であり、ロイド・フォージャーという。腕利きの精神科医だ。穏やかで優しく、料理も上手だった。
「はーい! アーニャさん、お片付けをお願いしますね」
女は玄関とキッチンのロイドへ返事をすると、傍らの少女へ声をかけ、来客をもてなすために玄関へと小走りで向かった。
女はこの家族の母であり、ヨル・フォージャーは市役所務めの事務職員だ。おっちょこちょいではあるものの、良き母であろうと努力している。
「えーん! アーニャおべんきょういやー」
少女は抗議の姿勢を示すように、カーペットに横になり、手足をばたつかせて暴れている。
少女は娘のアーニャ・フォージャーだ。名門のイーデン校へ通う六歳の少女で、明るく活発的だが、成績が良くなく、少々泣き虫だった。
「ボフッ!」
少女を咎めるように、大きな白い犬が少女の脇腹を鼻先で小突く。
犬の説得に折れたアーニャは渋々といった顔で散らかったおもちゃを片付け始めた。
白く大きな犬はペットのボンド・フォージャーだ。アーニャの遊び相手兼番犬である。賢い彼は人の言葉をある程度、理解しているようだ。
「今開けますー!」
ヨルが玄関を開けると一人の少年が立っていた。
年の頃は十五、六といったところだろうか。蜂蜜色の髪はぴょこぴょこと跳ねている。仕立てのいい白の襟シャツの上に紺色のベストを着ており、ベストの裾からはシャツがはみ出ていた。肩掛け鞄の紐を所在無さげに両手で握りしめている。
「家庭教師で来ました。ツナヨシ・サワダです。よろしくお願いします!」
少年は明るく笑顔で挨拶をすると、軽く会釈をする。
ヨルは少年を迎え入れ、玄関を閉めた。家庭教師を雇ったとロイドから聞いていたから、どんな人が来るのだろうと不安だったが、愛想の良い少年でヨルはほっと胸をなでおろした。
「ツナヨシ、さんですね。よろしくお願いします」
「ツナでいいですよ」
言いにくそうに名前を呼ぶヨルに、ツナヨシはくすくすと笑いながら自身の愛称を告げた。家族や親しい友人はそう呼ぶのだと。
「この辺りではあまり聞かないお名前ですね?」
「俺の祖先が元々東洋の生まれでして、そこから名付けられてるんです」
「まあ! そうだったんですね!」
ヨルとツナヨシは他愛ない話をしながら廊下を歩き、リビングへとたどり着く。
そこへ、料理が一段落したのか、エプロンを片付けながらロイドが台所からやってきた。
「アーニャ、挨拶をしなさい」
ロイドに促され、アーニャはゆっくりとツナヨシを見上げた。大きな瞳がパチパチと二、三度瞬いたかと思えば、キラキラと好奇心で輝いた。
「アーニャ、アーニャ・ホージャー! よろろすおねがいするます!」
はすはすと鼻息荒く、アーニャはツナヨシの足元へ駆け寄る。ツナヨシは腰を落とし、アーニャと視線を合わせて微笑んだ。
「俺は家庭教師のツナ。よろしくね、アーニャちゃん」
「アーニャのおへや、こっちー!」
ご機嫌良くはしゃぐアーニャは自室へと突撃していく。
「アーニャがすみません……」
「い、いえ! ロイドさんが謝るようなこと……!」
客人であるツナヨシを置いて、自室へ突撃したアーニャに代わり、父であるロイドが頭を下げた。
年上に頭を下げられたツナヨシは慌てて、ロイドの頭を上げさせる。
「今日はご挨拶と、アーニャちゃんの学力を知るためにテストをして終わろうと思ってます」
「ありがとう、ツナくん。君さえ良ければ、晩ご飯を食べて帰らないか?」
「ありがとうございます!」
ロイドが探るような視線をツナヨシに向けたが、ツナヨシは気づかなかった振りをして、笑顔で受け答えた。
「かてきょー!」
アーニャは自室の扉から顔を覗かせて、ツナヨシを早く来いとばかりに催促する。かてきょー、というのはツナヨシのことらしい。
「今行くよ!」
ツナヨシは懐かしい呼び名に微笑むと、アーニャの元へ向かった。

アーニャの学力を測るためのテストを終えて、ツナヨシとアーニャはリビングへと戻ってきた。
疲れ果て、しおしおと萎びてしまったアーニャを連れてツナヨシは難しい顔をしている。
聞き及んでいたよりもアーニャの学力は低く、学習計画に修正が必要だ。
アーニャの鼻が敏感に今晩の料理を嗅ぎつけた。
甘い玉ねぎの香りと牛肉の焼ける匂い、少し大人なデミグラスソースが香る。
「ちち、ハンバーグ!」
やったーと嬉しそうに駆けていくアーニャを追って、ツナヨシもダイニングへと踏み入れた。
明るく照らされたダイニングテーブルの上に四つのハンバーグと籠に盛られたパンが並んでいた。カップには温かなコンソメスープが入っており、カリカリのクルトンが浮いている。
ダイニングテーブルのそばには食器を並べるヨルがいた。
アーニャはいそいそと椅子に登り、席へと着いた。
「ヨルさんすみません、お待たせしました」
「今、並べたところですから、ツナさんも座ってください」
暖かな料理の数々に、ツナヨシは胸に込み上げるものを感じながら、席に着く。
ツナヨシに続き、食器を並べ終わったヨルが席につき、サラダを小皿に盛ったロイドが最後に座った。
簡単に食前の挨拶を述べ、それぞれ食事を始める。穏やかな家族の団欒は平和で、どこにでもあるようだ。
この家の人間は秘密を抱えている。
父は西国のスパイだ。暗号名、黄昏。薄氷の平和を守るため、東国に潜入している。
母は殺し屋だ。暗号名、いばら姫。幼少期より数々の殺人術を叩き込まれて、汚れ仕事を請け負ってきた。
娘は超能力者だ。とある組織の実験により、彼女は人の心を読むことができた。
ペットは予知能力ができた。軍事研究の実験体だったところをアーニャに助けられた。
そして、にこにこと食事を楽しむ、家庭教師の少年にも秘密があった。
彼はマフィアのボスだ。イタリアに長く続くボンゴレファミリーの十代目で、闇の世界を牛耳ってきた。
オペレーション〈梟〉。エージェント黄昏の受け持つミッションのひとつ。
東国と西国の平和を脅かす危険人物と接触するため、娘のアーニャを優等生へと育て上げる。
少年はその補佐のために身分を偽り、フォージャー家へ潜入したのだ。
食事も一段落し、アーニャは満腹からうつらうつらと船を漕ぐ。見かねたロイドが肩を揺するも、アーニャはなかなか戻ってこない。
「ヨル、アーニャをベッドへ寝かしてくるよ」
「はい。かしこまりました」
ぐっすりと眠ってしまったアーニャを抱えて、ロイドが席を外す。ダイニングにはヨルと、食後のコーヒーを頂いていたツナヨシが残された。
「そうだ! ツナさん、デザートにクッキーはいかがですか?」
ヨルは戸棚からしまっていたクッキーをダイニングテーブルに出した。
ヨルのツナヨシをもてなしたい一心で出されたそれは、歪な形と良く焼けすぎた色から手作りであろうと推察された。
招待されている手前、断りづらいツナヨシは覚悟を決めて、クッキーを口に運ぶ。
それなりにお菓子の見た目をしているだけマシじゃないか。
口に入れた時に、クッキーらしからぬボリッという音がした時点でやめておけば、こんなことにはならなかっただろうに。
クッキーを一つ口にして、舌先を駆け巡る刺激にツナヨシは硬直した。
雷が落ちたような衝撃と、脳裏を過ぎる走馬灯に命の危機を感じながら、死んでも死にきれねぇ! と飲み下した。
ツナヨシの白む視界の端で、ヨルが美味しくなかっただろうかと不安そうに見つめていた。
「おいしーーーーい!!」
ツナヨシは滝のように流れ出る冷や汗を見なかったことにして、笑顔を貼り付け感想を何とか述べる。
見た目が食べ物なだけ、マシだよ。
友人の姉の料理を思い出しつつ、ツナヨシの意識は暗く沈んでいく。
心配そうなロイドの悲鳴を、気を失う前に聞いたような気がした。