うつろいかわりゆくアイリス

刻印の誇り9
「うつろいかわりゆくアイリス」
FE覚醒 ルフレ×ルキナ
本文28ページ

あらすじ
クロムのことを愛していて、誰とも一緒になるつもりのないルフレの元へ青い髪の少女が自身の娘を名乗り現れた。しかもクロムの娘であるルキナを母親と呼び……

 


私の初恋はお父様と同じ年くらいの大人の男性でした。
私はまだまだ幼くて、何をするでもお父様の側にいたがりました。
ですから、公私共にお父様と一緒にいることの多い彼に淡く憧れの恋心を抱いたのも無理のないことでしょう。
彼はとても優しい人でした。
お父様の執務室のソファーにいた私の遊び相手をしてくれました。時にはお茶を共にしたこともありました。
彼はとても賢い人でした。
国のことを考え、お父様と難しい顔をしていました。知識が足りないからと書庫にこもっていたのを私は知っています。
彼はとても強い人でした。彼にそれを伝えた時、困ったように眉を寄せて否定しました。
自分は一人で立っていられないような弱い人間なんだ。
悲しげに彼は言いました。
当時の私は意味がわかりませんでした。彼が戦場に立てばほぼ勝利が揺るぎなく、負けたとしても被害が最小限に抑えられていたのですから、彼が弱いとは到底思えなかったのです。
いつしか私は彼の微笑みが、笑顔が私に向かないかと考えるようになりました。
色んなことを試しました。
私のデザインした洋服をプレゼントしました。渾身の出来だったのですが、苦笑いとともに感謝を述べられました。
執務で疲れた彼に甘いものと紅茶を届けたこともありました。
疲れた目元をこすり、微笑みながらお礼を言われました。
私に微笑んでくれることは沢山ありましたが、満たされることはありませんでした。
首をかしげていたある日、私は彼に恋をしているのだと気づいてしまいました。
彼がお父様を見つめる瞳の色が、お父様がお母様を見つめる色と同じだと気づいたのです。
もちろん、お母様がお父様を見つめる瞳の色も同じでした。
その色の瞳で見つめあっていたい。
ですが彼の色の深さに絶望するしかありません。
彼がお父様を深く深く愛しているのは見ていてわかりましたし、そんな彼がお父様を見てとても綺麗に微笑むのが私は大好きだったのです。
こうして、私の初恋は終わりを迎えました。

「絶対にありえない!」
天幕の外にいても聞こえるような大声で否定の言葉を発したのはルフレだった。
彼が絶対などという強い言葉で持って、目の前の事象を否定しているのは殊更ことさら珍しいことだった。
天幕の中にいるのはルフレと軍の長であるクロムとその娘ルキナ、そして今問題となっている少女の四人だ。
少女はルフレの発言に困ったように眉根を寄せている。
「いや、しかしなルフレ。お前の娘だと彼女は言っているじゃないか」
話を進めるためにもクロムは言葉を重ねる。
「だから、それがありえないと言っているんだ……!」
ルフレは先程と同じように否定の言葉を続けた。しかし、先ほどよりも語気は荒く、力強く否定する。
ルフレにとって未来の存在とは言え、自分に娘がいるなんてありえないのだから。
ルフレが大切にしたいのは、世界で一番大事なのは、愛しているのは目の前のクロムなのだから。
同性間で子供が産まれ得ないのはいくら記憶喪失のルフレでもわかっていることだ。
俺が愛しているのはお前なんだから、娘がいるはずがないだろう。
なんて言えるわけもなく、ルフレは言葉を失い口をつぐんだ。
理由を話してくれるのではないかとクロムは言葉の続きを待ったがルフレは口をつぐんだまま動かない。
「もう一度、自己紹介をしてくれないか」
話を進めるためにもクロムは少女を促した。
少女はクロムの視線を受けて、一度頷き口を開いた。
「私の名前はマーク。イーリスの軍師ルフレの娘です」
「母親は誰なんだ?」
クロムの言葉にマークはちらりとルキナを仰ぎ見た。
その視線の意味を理解したくない。
「わ、私ですか?」
マークの視線の意味に気付いたルキナは驚き、声をあげた。
たしかにルキナとマーク、二人は髪色が似ていた。
朝焼けの手前のような濃紺の髪はこの大陸において珍しく、ここまでそっくりならば血の繋がりも感じられる。
「あり得ない」
ルフレは力強く否定する。
何度だって否定する。俺が伴侶を持ち、子供をもうけた未来があるなんて認めない。
クロムに拾われてからずっと支え合ってきた。大好きだから、愛しているから、求めてくれたから。手を差し伸べられたから。
この気持ちに蓋をしてただの軍師として彼を支えるのだと覚悟を決めている。その覚悟を覆すなんてあり得ない。自分の頑固さは自分自身が一番よくわかっている。
「どうしてそんなにあり得ないと否定するのか教えてくれないか?」
この気持ちを口にすれば、クロムの側にはいられない。クロムは一国の王だ。クロム本人が許したとしても、周りがそれを許すとは限らない。欠片たりとも喋るわけにはいかない。答えられるわけがなかった。
「……だんまりか」
クロムのまっすぐ見据える瞳にルフレは居心地の悪さを感じたが、頑として口を開くことはなかった。
困ったな。
クロムは苦笑いを浮かべながら頭を掻いている。
問い詰められ、困っているのはこちらだというのに。
「やはり、この軍に身を置いてもらうのはどうでしょう?」
母親だと言われ、追い出すことを選べなくなったルキナが言った。
「そんな記憶喪失で身元の分からない奴を一国の王の側に置けるわけがないだろう!」
クロムの身を案じ、半ば反射のようにルキナの意見を却下する。
ルフレの言葉にクロムはくすくすと笑った。
「お前がそれを言えるのか?」
それを言われてしまえばルフレは何も言えない。言いたくても黙るしかない。
記憶喪失で右も左もわからなかったルフレはクロムに拾われた身なのだから。
ルフレは苦虫を潰したような顔して、クロムをめ付ける。
にこにこと笑い続けるクロムに折れたのはルフレだった。
「好きにしてくれ…… ただ、俺はお前の存在を絶対に認めないからな」
青い髪の軍師見習いの少女。ルフレは彼女を睨みつけてから天幕を一人飛び出した。
行きたいところや行くべき場所はなかったが、あの天幕に居続けるのは無理があった。
飛び出す直前に見た少女の瞳、その奥に深くて仄暗い色が見えた気がした。