The previous day of beginning

鯖煮アニメ化記念で書いたモノ。アニメなんてなかった。


深夜。俺はシャーペンを走らせていた。
時間が深夜ということもあり、部屋の中はカリカリという俺がペンを走らせる音と、秒針の音しかしない。
明日が大学受験の本番。俺の本命の大学の入学試験日。
問題集をいくらやりこんでも、足りない。
時間がいくらあっても、足りない。
足りない。が、もう集中力が切れてしまった。
持っていたシャーペンを机の上に放る。
ふと机の上のデジタル時計を見ると、時刻は1:37を表示していた。
早めの夜食としてポテトチップスを摘まんでから2時間が経過していた。
2時間。その勉強した時間を確認し、実感するとドッと疲れが出てきた。
心なしか、頭も痛いし肩も凝っている。
首をグルグル回すと肩がバキボキとすごい音をあげた。
椅子に座ったまま伸びをすると疲れが増幅された。
増幅された。というよりは実感し直した。ということだろうか。
ぼーっとしていると携帯が大きな音をたてた。
いきなり大きな音が鳴ったことに俺の心臓がドクドクと全力で運動を始めた。
携帯を手に取り、ディスプレイを見ると志島大地の名。
どうしたのだろうか?
とりあえず、通話ボタンを押した。

「おぉ……でた!」
電話にでたダイチの第一声はこれだった。
「冬樹、起きてたんだな。」
「寝てた。」
「マジで!?起こしちまったのか……」
電話越しの大地の声はしゅんっとしてしまっている。
俺の冗談を間に受けているのか。
俺は救いの手を出すことにした。
「冗談だ。」
「んな冗談つくなっての。こんな時間だからさ、寝てんじゃないかなって思ってたから。」
ダイチの声は冗談だとわかって明らかにホッとしている。
冗談じゃなく、本当に俺が寝てて、寝起きで電話を取っていたらどうしたのだろうか。
軽い彼に似合わず、誠心誠意謝るのだろうか。
「それで、本題は?こんな時間に電話をかけてくるなんてなにかあるんだろう?」
「う、あー、えーっとな。」
ダイチは言葉を濁した。
深夜の1時30分過ぎ、明日は大学受験の本番であることを考えると、緊張して不安になって電話をかけてきたのだと推測をつけた。
不安なのか、緊張しているのか、聞こうとすると電話越しの少し加工されてしまったダイチの声が聞こえた。
「緊張してさ。不安なんだ。大学に受かるのかって。俺、頭いいほうじゃないしさ。」
ダイチの声はだんだんと小さくなっていった。
というか俺の予想通りとは彼はどれほど単純なのだろうか。
「安心しろ。ダイチ。お前とほぼ同じ偏差値だった俺は今日勉強してないぞ。ずっとゲームしていた。そんな俺が自信を持って、自分が受かると言っているだから、大丈夫。
ダイチだって俺があまり勉強してないの知っているだろ。」
ほんの僅かな嘘だ。
学校が終わり、帰ってきてずっとゲームしていたなんて嘘だ。
自分が受かると思っているなんて嘘だ。
帰ってきてすぐに自室に篭り、ずっと勉強していた。今さっきまで勉強していた。
俺も受かるか不安だった。心配だった。潰れてしまいそうだった。
小さな頃から人見知り絶好調な俺に根気良く話しかけてきた珍しい人物。
それが幼馴染であり親友の志島大地。彼だ。
小さなころ、どれだけ無視しても、どれだけ放置しようと、しつこくついてきた。ついてきてくれた。
大切な彼を元気付けるための小さくて軽い嘘くらいついてもいいだろう。
「え!?それこそ冗談だろ!」
ダイチの声が大きく響いた。
なにを深夜に叫んでいるんだ。
おかげで俺の耳が痛い。
「冗談だ。」
「冗談かよ!!」
叫んで疲れたのかダイチの呼吸音が電話から聞こえてくる。
なんなんだこれは。
「緊張ほぐれた?」
「お前のおかげでほぐれたし、疲れたからよく眠れそうな気がするよ。サンキュ」

お礼の言葉を最後に電話はきれた。
久々に冗談をついたり、嘘をついたりして疲れてしまった。
人見知りの激しい俺には嘘も冗談もつけるような人間は家族と幼馴染のダイチぐらいだ。
本当に根気良く付き合ってくれている。
ダイチについた冗談と嘘で、潰れてしまいそうなほどの不安も心配も吹っ飛んでしまった。
代わりにやってきたのは大きな眠気。
これはよく眠れそうな気がする。
緊張をほぐしてやろうと思ったのにほぐされたのは俺だったか。
机の上の勉強道具を片付け、部屋の電気を消した。
布団に潜ると真冬のひやりと冷たい布団が俺を迎えた。
明日はがんばろう。

2020年4月29日