ありきたりな幸せ

主順。バッドエンド後の屋上。


順平はぎぃっときしむ扉を開けて、屋上へでた。屋上ではひゅうひゅうと風が吹いていた。3月4日。暦の上では春とはいえ、風はまだまだ冷たく、日差しも頼りない。マフラー持ってくればよかったと後悔したが、まあすぐ済むだろうとそのまま歩みを進めた。
呼び出した本人は屋上の柵を握り、港区を眺めている。
順平が訪れたことを気配で感じとったのか、彼はこちらを振り向いた。彼の髪が風に遊ばれ、普段はお目にかかれない右目が現れていた。両目でしっかりと順平を見ている。

「きてくれたんだ。ありがと」

彼はふっと微笑んだ。こういう表情もするんだと順平は素直に驚いた。この1年、思い返して見ると彼は無表情が多かった。笑った顔は始めて見たかもしれない。

「順平は僕のこと嫌いだろう?だから、呼んでも来てくれるかどうかはわからなかった。賭けみたいなものかな」

「嫌いって…勝手に決めんなよ……俺ら友達だろう?」

「友達、友達だねえ」

彼は右手であごをさすりながらにやりと笑う。今日の彼はいつもより表情豊かだ。

「それで、話ってなんだよ。こんなさっみーのに屋上に呼び出してさ」

そうだ。春先の風が冷たい季節に屋内ではなく、屋外の屋上に彼は呼び出した。ただの話なら屋内でもすむのに、だ。この場所でなければならない理由がどこかにあるのだ。

僕ってさ、両親いないだろう。だから、ありきたりな幸せってのがわからなかった。親戚中たらい回しにされて、温かく迎えてくれたことなんてなかった。学校から帰ると親がむかえてくれて、友達と日がくれる頃までめいいっぱい遊んで、帰ってきたらお母さんのつくる晩御飯食べて、風呂にはいって、泥のように眠る。そんな日にさ、今は憧れる。僕にはないものだから。手に入れられないものだから。無い物ねだりだねぇ。
順平、きみはそんなありきたりな幸せを手にいれてよね。僕がどうしても欲しかったもの、君は手に入れることができるんだから。こう言えば、君は幸せになるしかないだろう?
なに?言ってる意味がわからない?うん、まあ、僕も今の順平にわかると思ってないよ。なあに、明日になれば嫌でも、そう、泣き叫びたいほど嫌でも、わかるさ。
ここに呼び出した意味?さっぶいのになんで屋上なんだって?あー順平寒い?ごめんごめん気がつかなくて。ここに呼び出したのは一緒にこの街を見たかったからさ。
あーもうごめんってば。ほらホットコーヒーおごってやるから。帰ろう。

2020年4月29日