月がきれいですね

ラブホ戦のときホテルに突入する前にキタローがボソッと月がきれいですねって順平に言うんだけど、順平聞き取れてなくて「どーかしたか?」って聞き返すんだけど「なんにもないよ」って平然と返すキタローに?飛ばしまくる順平くんで、ラバーズ撃破する時にキタローの化物じみた力を見せつけられて嫉妬心剥き出しの反抗期を迎えてピリピリしだして。チドリイベ終わったころにあの時は悪かったなーって思うんだけど謝れない順平くんで。そのままズルズルニュクス戦までいっちゃって。キタローが立ち上がりニュクスのとこ行くときに満月背負ってもう一回順平に月が綺麗ですねって言って順平は意味がわからんけど、キタローがなにか良くないことしようとしてるのを悟って必死で止めようとするんだけど立ち上がれなくって声を枯らしちゃったりしてね。んで帰ってきたキタローをわっしょいしてるアイギスとゆかりっち見ながらこっそり桐条さんに月がきれいですねの意味を聞いてあいつは何考えてんだって思って顔を帽子のつばで隠したりしたら絶対可愛い。キタローの渾身の月がきれいですねもその日の影時間補正で全部忘れられて、覚えてるのはキタローだけで、そんな状態で卒業式迎えて、屋上に向かう時に順平は月がきれいですねのことも全部思い出して必死に行くんだけど肝心のキタローは屋上でアイギスとおねんねしてて間に合わなかった順平くんください
を書こうとしたもののラブホ戦で力尽きた。


2009年七月七日。
時刻は夜の十二時前。あと十数分で日付が変わるような時刻だ。
ホテル街として有名な白河通り。その一軒のホテルの前に数人の少年少女が集まっていた。少年少女が身にまとっているのは地元の私立月光館学園高等部の制服だ。高校生がホテル街をうろつくのはあまり褒められたことではない。が、彼らにはここにくる理由があった。
「みんな、準備はいいか?」
赤い髪をなびかせた威厳のある少女、桐条美鶴が声をあげた。
「はい。大丈夫です。」
それに答えたのはピンクのカーディガンを着た少女、岳羽ゆかりだ。
肩に矢の入った矢筒と大きな弓を担いでいる。明らかに目立つが日付が変わろうという時間だ。誰も気に留めない。
列の後ろの方に一人ポツンと立っていた白波は目を閉じた。後ろにいたからといって美鶴の話を聞いていない訳ではなかった。
自分の胸のあたりからカチコチと時計の秒針が動く音がする。病で胸のなかに生命を維持するものが入っているわけでもない。
四月に入ってから聞こえてくるこの音は日付が変わる前になると聞こえてくる。
影時間。人ならざるモノがはびこる異質な時間。基本的にペルソナを使えるという資格を持ったものだけが踏み入れる時間。それがもうすぐ訪れることを示している。

カチ    いち

コチ     に

カチッ   さん

自分を包む空気の質が変わった。影時間へと足を踏み入れたのだ。
目を開け、空を見上げると、異常なほど大きな満月が俺らを見下ろしていた。
その大きく禍々しい雰囲気を持った月を見ているとあの言葉が頭をよぎった。夏目漱石のあの言葉。
目の前で豪快に大剣をバッドのように素振りしている彼を見て、自分の抱いている感情と先程頭をよぎった言葉が自分のなかでピタリと当てはまる。

「月がきれいですね」

ボソリと呟いたはずのその言葉に彼はめざとく反応した。素振りをやめて乱れた帽子を整えてこちらに歩いてきた。
「なにか言ったか要?」
「いや。なんでもないよ」
そう言葉を絞り出すのがやっとだった。
「それじゃあ、行こうか」
時間は決して無限ではない。限りある中で精一杯のことを。
要は今晩の討伐メンバーをつれて、大型シャドウがいるというラブホテルに入った。
あのいけすかない理事長兼特別課外活動部顧問のあの男の言葉を借りるならアミューズメントパークだそうだ。まったく、あの行為のどこがアミューズメントなんだか……

————————

—〈大型シャドウの反応は2階の大部屋です!そのあたりにはシャドウがいるので気をつけてくださいね!!〉
風花のナビにつられて要が前方を見ると、1つのハート型の頭を2人で共有している男女のシャドウ、ダンサー型と弓矢をもった天使型のシャドウ、クビド型がいた。
「俺の出番だな」
ガキンッと手につけた終極の魔手を打ち鳴らし明彦はダンサー型シャドウへと駆け寄った。
「ワン、ツー……」
左拳、右拳と連続で拳をシャドウへと沈めていく。ふいを取られたシャドウは反撃する余裕もない。
「フィニーッシュ!!」
利き腕のある左側を引き、力を溜めた自慢の左ストレートがみごとシャドウを撃ち抜いた。
シャドウは存在するための力を失い、赤黒い霧となって消えた。一撃必殺。さすがの一言につきる。
「当たれッ!!」
明彦のすぐ側を一本の矢が抜けていった。
それはその先にいたクビド型シャドウを射抜いた。ゆかりの放った矢だ。
ギィヤアアァァァァァァァ
言葉の形になっていないシャドウの声がホテル内に響く。
ゆかりの一撃だけでは沈まなかったシャドウは声をあげながら要達へ突進してくる。
「待ってました!」
順平は一歩前に出る。シャドウの正面に立ち、シャドウを見据えた。
大剣、マサカドの刀を頭上まで振り上げ、タイミングを合わせて振り下ろした。
「おりゃっ!よいしょっ!」
そして、刀を振り上げ、縦一文字に斬る。
矢、剣撃、と連続攻撃を受け、苦痛で低空飛行にシャドウは移った。
だが、それは順平お得意のコースだった。
刀を両手で持ち、バッティングのフォームに切り替える。
脇を締め、刀をバッドにみたてて、大きく振った。
「どっせーい!!」
今度は横一文字。順平の刀はシャドウにあたり、真っ二つに切り裂いた。
ギィヤァ……
シャドウの叫びは途中で途切れて赤黒い霧となって消えた。
「まあ、こんなもんだろ」
攻撃を受けることなく戦闘を終了させたからか、順平は自慢げに言う。
「なあなあ!リーダーさんよ!! さっきのオレっちの攻撃すごくなかった?」
順平は大きなマサカドの刀を振り回しながらリーダーである白波要に聞いた。
「スゴイスゴーイ。チョースゴーイ」
「ちょっおまっ!棒読みじゃんか!」
—〈敵反応、その奥に残っています! 数は、いち…に…さん……ごっ! 五体です!! すごい勢いでこちらに向かっています! 構えてください!!〉
「向かっています!っていうか……もう目の前だっつーの!!」
前方の通路にいたのは狭い通路を必死に通ってくる5体のダンサー型のシャドウ。
ゆかりは急いで弓と矢を構えた。
巨大な弓、元始弩弓矢をつがえ、弓を引き絞り、射る。
あ、無理だ。要はそう直感した。
要の直感通り、ゆかりの放った矢は敵の前方で力なく落ちた。
「あー、やっぱり……」
ゆかりは矢を放つとすぐに後方に下がった。ゆかりの使う弓は前線で使うにはあまりにもむいていない。
ゆかりが下がったかわりに前に出たのは明彦と順平だ。二人は一体のシャドウに目標を定めた。
明彦はシャドウに接近する。
「ふっ!」
左、右と二発パンチを見舞うと明彦はすぐに後ろに下がった。なぜなら明彦の後ろには順平がマサカドの刀を振り上げて待っていたからだ。順平は明彦が下がったのを一目で確認すると振り下ろした。
「よっ! おりゃあ!!」
下ろした刀をそのまま振り上げる。
切り上げるためにあげていた脇のしたに別のダンサー型シャドウのレイピアが突き刺さった。
順平は歯を食いしばり、悲鳴を飲み込んだ。この3ヶ月で慣れたものだ。
シャドウは突き刺したレイピアを抜き、2度、3度、順平の体に連続で突き刺す。4度目は突き刺したまま順平の体を横になぎ払った。
「ぐあぁっ!!」
「伊織!!」
悲鳴をあげた順平に明彦は振り返って心配の声をかけた。が、それが隙になった。順平に攻撃を加えていたシャドウが明彦にレイピアをみまった。一撃刺して順平と逆の方向へ払う。
「真田先輩! 順平!!」
ゆかりは弓を肩に担ぐと、右足のホルスターから銀の銃を取り出した。両手で持ち、銃口は自身のあごの下へ。何回もしてきて慣れた行為だが、未だに緊張して戸惑う。
けれどここで戸惑っては助けられるものも助けられない。ゆかりは迷うことなくその引き金を引いた。
「お願い! イオーッ!!」
ゆかりの後頭部あたりで青いガラスの破片のようなものが飛散する。飛び散った青いガラスのようなものは頭上に集まりカタチを形成する。岳羽ゆかりのペルソナ——イオ。
イオの癒しの光が傷を負った2人を包み、傷を癒した。イオを通して発言したゆかりの癒しの願い。
イオの放ったメディアの光がやむと、一歩、二歩とズンズンシャドウへ進んでいく者がいた。リーダーの白波要だ。
歩いていきながら腰のホルスターから銃を抜いた。先程ゆかりが自身へと撃ったものと同じものだ。
これは召喚器。ペルソナの召喚を補助するもの。これで自身の頭を撃ち抜くことでペルソナの召喚はなし得るのだ。
要は右手で抜いた銃の銃口をこめかみへ持っていき、なんの戸惑いもなく、自然な動作ですぐさま引き金を引いた。
ガツンッ!
青いガラス片のようなものは要の前方に集まり、形を成した。
赤い髪を持った小さな少女。背中には透明な羽が生えている。イギリスの妖精、ピクシーだ。
ピクシーがピッとシャドウを指差すと万物にして無色の神の炎、ピクシーの発動させたメギドラオン。それがシャドウたちを飲み込み、葬る。シャドウは一斉に力をなくし、影時間の闇へと消えた。
「先を急ごう」
要は召喚器をホルスターへ仕舞うと、それだけ言い残して上階へと行ってしまった。
「ちょっと待ってよ。白波くん!」
ゆかりと明彦も武器を抱えて急いであとを追った。
「余裕残して、リーダーぶっちゃってさ。ヒーロー気取りかっての……」
順平は一言呟いて後を追うため階段を上って行った。
もしもこの呟きを要が聞けていたら、この後のことは少し変わったかもしれない。

————————

討伐メンバーは他の部屋より大きな法王の間に辿り着いていた。部屋の中央では今月の大型シャドウが鎮座している。
恰幅の良い男性を模したような黒いシャドウが椅子にでっぷりと座っている。そしてそのシャドウの頭を撫でている女性のようなものがシャドウの背後にはいた。あれもきっと大型シャドウの一部だろう。周りには四角い人型が二つ。これも攻撃してくるのかもしれない。
—〈これを倒して無事に帰ってきてくださいね!〉
ペルソナ、ルキアを通した風花の声が討伐メンバーの頭に響いた。
戦闘が始まり、最初に動いたのは要だ。大型シャドウへと走っていき、斬りつける。一度、二度、斬りつけて要は下がった。
順平のペルソナ、ヘルメスが“突撃”してきたからだ。上空から急降下し、羽のようなものでシャドウを斬りつける。
大型シャドウはその巨体を揺らして声にならない悲鳴をあげるが、すぐさまかけよった明彦のラッシュで途切れてしまう。
大きく重い一発をくらわせると、それを合図に要、順平、明彦はシャドウから離れた。
その後、走ってゆかりの後ろまで下がる。
これからゆかりの放つ攻撃の巻き添えをくらわないようにだ。順平は必死も必死に逃げた。
ゆかりの得意とするものは弓による中距離射撃と疾風属性による攻撃。それと傷付いた仲間を回復させるスキルの三つだ。
中でも疾風攻撃は順平の弱点属性で一発くらえばダウンし、二発くらえば良くて気絶、悪くて戦闘不能。
ゆかりの攻撃が当たり戦闘不能とか勘弁だ。お手上げ侍。
三人が後方へ退避したことを感覚でわかると、ゆかりは召喚器を抜き、銃口をあご下に向け、引き金を引く。
「ガルーラァ!!!!」
ゆかりの呼びかけに答えて現れたイオが旋風を巻き起こす。
風は翠の色をまとい、部屋を駆け巡る。隅という隅を回り、勢いと力をつけて大型シャドウへ叩きつけられた。
たかが風と侮るなかれ。風とは空気の流れだ。空気は壁だ。大型の台風が近づいている時を想像してもらえればわかりやすいだろうか。あの力に人はロクな抵抗などできはしない。
ゆかりの小型の台風のような風の攻撃を受けて大型シャドウはよろめく。
ウオオォォォォォ!!
大型シャドウ——ハイエロファントが雄叫びをあげる。ハイエロファントの魔力が上昇、蓄積されていく。
やばい! 要の頭にその言葉がよぎる。急いでゆかりの盾になる位置に走るが間に合いそうにない。
ハイエロファントの蓄積していた魔力が閃光を伴って炸裂する。
突如、室内に轟音が響いた。ハイエロファントのジオンガだったようだ。
当たったのは……真田明彦。彼だ。
彼は電撃を受けたのにピンピンしている。明彦が得意なのはその鍛え抜かれた拳から放たれる打撃攻撃とそれに見劣りしない電撃攻撃。
電撃攻撃の得意な明彦は耐性があり、たいしたダメージにはならない。
明彦は少しだけよろめくが、すぐに立て直し、拳を構えた。
助かった。ゆかりを守る位置にようやっとたどり着いた要は少しだけ肩の力を抜いた。
もし、このハイエロファントの放ったジオンガがゆかりに当たっていたら全滅していたかもしれない。そんな考えにたどり着き、要はブルリと体を震わせた。
要はハイエロファントを睨みつける。
——絶対にあの椅子から引きずりおろしてやる……!
刀を左手に持ちかえ、召喚器を使い、頭を撃ち抜いた。
「ペルソナ!!」
現れたペルソナはアルカナ死神——タナトス。罪人の魂を運ぶ役目を負ったモノ。
タナトスの背負った棺桶全てが開き、スキルが発動する。
一瞬にしてハイエロファントの体が炎に包まれた。最高位火炎魔法アギダイン。
炎はなかなか消えることなく、ハイエロファントの身を焦がし続ける。
炎が止んだ時、ハイエロファントの目の前には鈍く光る刀の刃があった。順平が接近していたのだ。
一度、二度、とマサカドの刀を叩きつける。
三度目はバッティングフォームを真似たもの。腰をひねり、力をため、振るう。
「ホームランッ!」
順平のバッティングをうけたハイエロファントはよろめき、椅子のようなものから転げ落ちた。
「今だっ!! やっちまおうぜ!!」
「あぁ、いくぞ!」
順平からの総攻撃の合図をうけ、要は指示をだした。
腹を見せ、無防備な姿を晒しているシャドウをタコ殴りにできるチャンス。それを見逃す訳がなかった。
「こっの!!」
要、順平のあとに続き、ゆかりもハイエロファントに近づき、元始弩弓を用いた近距離射撃をおこなう。外す訳がなかった。
明彦も走りより、ラッシュを見舞う。無敗のボクシングチャンプ。その人の鍛えられた拳は莫大な攻撃力となる。
土煙が上がり、シャドウの姿はかすみ、影となる。それでも攻撃の手は止まない。
「全員、退避だ!!」
リーダーの鋭い指示にハイエロファントから距離をとる。
要はハイエロファントの魔力が上がり始めたのを感じていたのだ。
パーティ全員が退避すると土煙が晴れる。倒れ込みグタリとしたハイエロファンとは体を起こし、椅子のようなものに座りなおした。全員を見渡す。途端、ゾワリとした悪寒が走った。
気が付けば一人、要は暗い墓地のようなところに立っていた。おぞましいナニカの叫びが聞こえる。
恐怖を煽り、恐慌状態に陥らせるハイエロファントの滅亡の予言。
言い知れない恐怖に要はガチガチと歯を鳴らす。怖い。この場にいるのが怖い。目の前のハイエロファントが、隣に立つ順平が、弓を手放し頭を抱えるゆかりが、悲鳴を上げながら何もないところへ拳をふるう明彦が怖い。こわい。
訳も理由も、なにもなく、ただただこわい。
死ぬかもしれない非日常が日常になっていくのもこわい。何も残せず、誰も助けられず、死んでいくのはこわい。いやだ。死にたくない。いやだ。こわい。死にたくない死にたくない。
つらいこともあったし、投げ出したくもなった。けれど、みんながきらいなわけじゃない。楽しいこともあった。それを失わなければならないのもこわい。死にたくない。死にたくないよ。別れたくない。
いやだ。いやだ。あんなきれいな青空もアイギスの泣きそうな笑顔も、もう見たくない。こわい。こわいよ。
だれか、だれか、たすけてよ……
要は助けを求めて周りを見渡す。だが、周りにはだれもいない。助けを求められるものなど誰もいなかった。
ガチガチ、ガチガチ。要の歯は鳴りやまない。
震える要に電流が走る。ハイエロファントの放ったマハジオンガだが、要はそれに気づけない。
マハジオンガはパーティ全員に当たってしまっていた。
明彦、順平は瀕死に陥るほどのダメージは受けはしなかった。だが、岳羽ゆかりは違う。彼女は風を操るのは得意だが、電撃には滅法弱い。
弱点を突かれたゆかりはダウン。もう一度ハイエロファントの攻撃となる。
ズドンッと要に衝撃。今回は単体電撃魔法。ハイエロファントのジオンガ。連続で襲ってきた衝撃に要は少し立ち直った。ようやく、周りが見れるほどに落ち着いたのだ。
まだ、順平もゆかりも明彦も、目の前の大型シャドウハイエロファントも怖い。怖くて逃げだしてしまいた。けれど、ここで逃げ出そうと結果は変わらない。
「恐怖を焼き払え」
自分を鼓舞するための言葉だ。口にすると不思議と震えがマシになった。
震える体を叱咤して、腰のホルスターから召喚器を抜いた。
召喚器。人に死を与えることのできるものを模したもの。
なぜ、その形をしているのか。それは疑似的に死を体験させ、精神を追い詰め、ペルソナを召喚するため。自分の精神に疑似的にだが、死の危険が迫っていると追い詰めるための形。
要は震えて落としてしまいそうになりながら、なんとかこめかみまで持っていく。頭皮にヒヤリとした冷たさが伝わる。

死の怖さも、冷たさも、こんなものじゃない!!

ズガンッ
一つの銃声とガラスの割れるような音。
砕け散った青いガラス片は要をかばうかのようにハイエロファントとの間に集まっていく。それは徐々に形を変え、やがて人の形をとった。
白く救いを与えるもの。アルカナ審判。要のペルソナ、メサイアだ。
メサイアは部屋全域を照らすほどの大きくまばゆい光を放つ。光は討伐メンバー全員の心に安心を与え、傷をすべて癒した。メシアライザー。救世の光。追い詰められた側が追い詰める番。一発大逆転。
先程までの不安定な精神状態を思い出し、呆けている順平を要は蹴り飛ばし、特攻の指示を出した。
驚いた順平は急いでシャドウに駆け寄り刀を振るう。
焦って攻撃したからか、順平の振りかぶった刀は避けられてしまった。
避けられると思っていなかった順平はハイエロファントの前で尻餅をつき、転んでしまう。ダウンだ。
「こっちだ!」
明彦はダウンした順平をフォローするため、大きな声を出して注意を引き付ける。
ハイエロファントは順平ではなく、明彦のほうを向く。明彦の思惑はうまくいったようだった。
明彦は左手の終局の魔手を外し、召喚器を引き抜いた。
ハイエロファントの周りで赤い光が明滅する。
明彦のペルソナ、ポリデュークスの使用したスキル。タルンダ。敵の攻撃力を下げるスキルである。さすがタルンダ先輩、ゆがみないですねー。要は泣き出しそうだった。
ひゅんっ。
矢が風を切りハイエロファントに向かう。矢はハイエロファントの大きな腹に深く、鋭く刺さる。
タルンダ先輩に気を向けていたハイエロファントは気が付けなかった。ゆかりの放った矢がすぐそこまで来ていたのだ。
ギィヨォォォォォォ!!
ハイエロファントが苦しげな叫び声を上げる。他の部屋と比べれば幾分か広いが、元はラブホテルだ。普通の部屋と比べると狭い。そんな狭い部屋にハイエロファントの叫び声が響くのだ。要は嫌悪感を顔に表して大型シャドウに走り寄る
これ以上不快なものを聞いていられるか。
要は右手に持った刀で一度、二度と切りつける。要は一歩後退し、飛び上がった。
刀の重みと自身の重みを乗せて上から下へ一閃する。
「でいやぁぁ!!」
大型シャドウ、ハイエロファントはまたも叫びをあげるが、存在する力を失って、叫びも姿も赤い霧となって消えた。

————————

—〈大型シャドウの反応、消失しました〉
おっとりとした風花の声が戦闘終了を告げた。
「外で美鶴も待っている。早く帰るぞ」
明彦は終局の魔手を外し、帰還を促した。
本人の気づいていない恋心ほど面倒なこともないだろう。さっさと気づくべきだ。
「うーす!」
刀を鞘にしまった順平はドアノブに手をかけ回す。
ガチャガチャ
「おい伊織!早く開けろ」
明彦の声が順平の背にかかる。順平は焦り、急いでノブを回すがドアが開くことはなかった。
「あ、開かねーぞ!」
「うそっ!ふ、風花!」
叫んだ順平に反応したのはゆかりだ。すぐさま、ナビゲーターの風花に連絡をとる。ジャミングはされていなかったようですぐに繋がった。
—〈はい!どうしたの。ゆかりちゃん〉
「ドアが開かなくて帰れないの!」
—〈わかった。こちらでも調べてみますから、そちらでもお願いします。〉
風花のナビが切れた途端三人は動き出した。
ゆかり、明彦、順平はあれでもないこれでもないと部屋の内部を調べてまわる。
「おい要! お前も探せって!」
ボーっと突っ立っていた要に順平はつっかかっていく。
順平の右手が要の襟に触れたとき、ゆかりが異変を見つけてしまった。
「ねぇ、これなにかおかしくない?」
ゆかりが発した途端、部屋の内部が光でうめられた。突然のことで目は追いつけず視界は白く塗りつぶされてしまう。そして四人の意識もプツリと途切れた。

————————

「はぁ……ほんと、散々なんだけど」
ゆかりはラブホテルの廊下の壁に背を預けて溜息を吐いた。理由は次々に襲いかかる今日の出来事が原因だった。
大型シャドウを倒し、帰ろうかと思ったらドアが開かず帰れない。異変を探していたら気絶してしまい、目を覚ませば、目の前に裸の真田先輩がいた。
気絶した後で働かない頭を働かせて自身の姿を確認すると濡れた髪からはシャンプーのいい匂い、服は脱いでいてバスタオルを巻いているだけだった。
ゆかりは女の子らしい悲鳴をあげてそのバスタオル姿を必死に隠そうとしながら明彦をぶった。それはもう力いっぱいに。ゆかりの拳は的確に明彦の顎をとらえていたのだ。
いくら明彦がそのあたりの学生より強いからと言って軽くない訳はなかった。ボクシングの試合に出るため減量していた明彦はヘタな学生よりも軽かったのだ。
素人のクリティカルヒットで明彦は軽々と宙を舞い、あっけなく沈んだ。
ゆかりは明彦が気絶したのを確認してからそそくさと制服に着替えて部屋を出たのだった。
—〈おつかれさま。ゆかりちゃん〉
おっとりとした声がゆかりの脳内に響く。風花のペルソナを通した通信だった。
「ほんと、帰って早く寝たい。それで、真田さんの具合はどう?勢いよく殴っておいてあれなんだけど……」
—〈大丈夫。気絶しているだけだから時期に目を覚ますと思うの。それでね、白波くんと順平くんをみつけたから迎えにいってあげてほしいの。なぜかあの部屋だけ中の様子がわからなくて不安だから〉
「んーいいよ。このまま真田さん起こすのもなんだかいやだし」
—〈真田さんが起きたらまたこちらから連絡するね〉
そこで風花は通信を切った。ご丁寧にブツリといった音が入る。風花ったらへんなところで凝り性だし。
ゆかりは風花から教えられた場所に向かって歩き出す。この場にシャドウがいないとも限らないので召喚器を構えながら慎重に歩く。
こつり、こつり。響くのはゆかりの歩く音だけだ。
風花に要と順平がいると言われた部屋にゆかりはたどり着いた。なんとかシャドウとも遭遇せずに済んでいる。
ゆかりは召喚器をホルスターにしまい、ドアノブをひねり、ドアをあけた。
「白波くん、順平、いるー?」
ドアを開けた先には順平に覆いかぶさる白波くんがいた。
順平の青いカッターシャツの前のボタンはすべて外されていた。要は右手で順平の腕を頭の上にまとめ上げて押さえつけており、順平の自力脱出は難しそうにみえた。要のカッターシャツも上から三つか四つ開いており、鎖骨がきれいに見えた。あ、白波くんって体あったんだ。滅多に見えることのない要の肌を目にしてか、ゆかりの思考はちょっと斜めに走った。
「ゆかりッチ! 助けてくれ!」
ゆかりが何か行動を起こす前に順平に指示をされてしまった。これでもう逃げられない。
「ど、どうやってよ!?」
ゆかりは困惑気味にキレた。ゆかりには要をどうにかできるとは思えなかったのだ。もちろん、あの真田さんにも無理だ。なぜなら彼はこの部で一番強いから。力も魔力も体力も、速さも、どれもが、誰も彼には勝てない。
「ガルーラかなんかで吹っ飛ばせねー? やるだけやってみてくれ!」
「う、うん」
順平の声にゆかりは何とかうなずくと召喚器を構えて撃ち抜いた。翠の風が吹き、要を直撃。吹き飛んだ。要は壁に叩きつけられダウンした。
要が吹き飛んだ瞬間、順平は起き上がり、ベルトを回収後、ゆかりを連れて部屋を出た。とりあえず廊下の端まで走って逃げた。
廊下の端で息を整えているとペルソナを介した風花の通信が入った。
—〈二人とも、大丈夫?〉
「な、なんとか?」
順平とゆかりは息も絶え絶えにそろって返事をした。
—〈それでね、要くんはどうしたのかな?〉
風花の純粋な心配が今は痛かった。まさか、要に襲われていてゆかりッチが吹き飛ばして気絶させてきましたなんて順平は言えなかった。
「だ、大丈夫! いまトイレに行っていて後で合流するんだって」
苦い言い訳をゆかりは吐いた。ここでナビを使ってトイレに要がいるかどうかを調べられたら一発でばれてしまう嘘だ。
—〈そっか。要くんなら強いし大丈夫だよね〉
助かった。けれども風花ちゃん、人を疑うこと覚えようぜ。お兄さん少し心配。順平の心は少し複雑だった。
—〈じゃあ、先に調べた結果を二人には報告するね〉
そう言って風花は調査結果を話し出す。
一つ、大型シャドウ、ハイエロファントを倒した後、部屋を出られなかったのは別の大型シャドウのせい。
二つ、先程の明彦の行動はその大型シャドウの罠にかかっていたから。
三つ、現在、その大型シャドウは先程ハイエロファントと戦闘した部屋にいる。しかも罠が張られており、解除するまでは部屋に入れない。現在、その罠を解除する方法はわからない。
—〈それで、ゆかりちゃん。気を失う前になにかいいかけていたよね〉
「うん。あの部屋で鏡を見たとき、なにかおかしかったのよね。なにがおかしかったのかはわからないけど」
—〈鏡かぁ……よし、もう一度鏡を重点的に調べてみるね。ゆかりちゃんと順平くんは一緒に行動して異変を探してみて〉
「りょーかい。そういやさ、真田さん見ないけど何かあったのか?」
順平の声に今度黙ったのはゆかりだった。
「ははーん……なるほどゆかりッチ……」
「それ以上そのこと喋るなら撃つよ」
順平が訳知り顔でニタリと笑いながら言うと、ゆかりから冷徹な声が遮った。召喚器はあごの下にあり、ガルーラを放つ準備は万端だった。今なら嵐の乱舞でも発動させられるような気がする。
そんなゆかりの反応をみて順平はすぐさま謝った。帽子をとり、深く頭を下げた。
「んじゃ、風花、いってくるわ」
—〈はい、おねがいします〉
その言葉を最後に風花との通信は切れた。きっとこのホテル全体を調べるために集中するのだろう。
二人は適当な部屋に入り鏡を調べる。大きな、大きな鏡はご丁寧にベッドのそばにあったため見つかりやすかった。
二人して鏡の前に立つとその異変はわかりやすかった。
「これ!私たちの姿が映ってない?」
—〈それ!それです!割ってみてください!〉
「まじで?割っちゃうの?」
「順平、早く割れっての」
「う、うーっす」
順平は気乗りしないようだったが、マサカドの刀を振りかぶり、鏡に叩きつけた。
パリン。鏡には大きなヒビが入りもう使い物にならないだろう。細かい破片は床に落ちている。
—〈部屋の結界が弱まるのを確認しました。それです!えっと……あと二つ、同じものがこの建物にあるはずなので、それを全部割ったら大型シャドウの部屋に入れます〉
「ふう……なんとか帰ることできそうだな」
「ほんと、こんなに疲れる討伐は今夜だけにしてほしいな……」
風花の報告にゆかりと順平、そろって肩の力を抜いた。後二つ、鏡を割れば大型シャドウを倒して今夜は終了だ。
ドンッ!
この建物全体が揺れているかのような大きな衝撃が二人を襲う。
「な、なんだったのよこれ!?」
「おれっちにもわかるわけねーだろ!」
風花が解析をおこなったのか、すぐに通信が入った。
—〈これは白波くんのメギドラオンのようです!えっと……要くんから連絡がはいったから、みんなにも聞こえるように繋ぐね〉
風花の声が聞こえなくなったかわりに、要の感情のこもりにくい声が聞こえた。
—〈鏡、他は今のメギドラオンで全部割ったから、さっきの大部屋の前で集合〉
用件のみを伝えるだけで通信はブツリと切れた。

順平とゆかりが大部屋の前に着くと、明彦も要もそろっていた。明彦は終局の魔手の調子を確かめているが、要は壁に背を預け、音楽を聴いているようだった。影時間の中の緊張なんてものはなかった。ある意味この集団にそんなもの求める方がおかしいのだが。
要は順平たちが来たことに気付くと、音楽プレイヤーをいじったあと、ヘッドフォンを外して向かい合った。
「揃ったな。これから、あのシャドウを叩く。いいか、絶対にだ」
要の声は珍しく怒気を含んでおり、パーティのメンバーの背筋も伸びた。顔にも真剣さが戻る。
「作戦はいつも通りだ。俺が一番に叩き、岳羽は回復。真田さんは初手にタルンダ。それ以降は状況を見つつ行動してください。順平は」
そこで要は言葉を区切り、迷ったような、困ったような、彼にしては珍しい、歯切れの悪い表情をした。
「順平は、好きに行動して。初手以降は俺がそれにあわせよう」
いこう。要は一言そうこぼして、大部屋の扉を蹴破った。
中には半透明なピンク色をしたハート型のシャドウが浮いていた。ハートの中には♂と♀のマークが絡み合っており、この建物の意味を暗示しているかのようだ。今夜の二体目の大型シャドウ、ラヴァーズだ。
「うわぁ……ないわ。ないない」
こんな戦闘に入ろうかという時に声を上げたのはゆかりだ。乙女は大変素直なのだ。
最初に動いたのはやはり、要だった。大きく近寄り、召喚器を抜いた。
「ペルソナ!」
現れたのは赤い肌に、肩につくくらいの黒い髪をもつペルソナ。アルカナ愚者。スサノオ。その手には草薙の剣が握られている。
スサノオはラヴァーズに接近すると草薙の剣を振り下ろした。肩にかけられているマントが大きくたなびく。
スサノオが消えた後、すぐにラヴァーズの周りが赤い光できらめく。明彦のペルソナ、ポリデュークスのタルンダだ。指示通りに行動できるのなら、なぜさっきはあんなタイミングでタルンダしたんだ。やっぱりバカと天才は紙一重なのか。要は頭が痛い。
「よし、いくぜ! ペルソナ!」
順平の呼びかけに答えてヘルメスは鋼の翼を広げた。途端、ラヴァーズから炎が上がる。大きいが少し勢いが足らないあたりが魔力の低さを表している。
オオオオオォォン
ラヴァーズは叫びながら空中でクルリと回り、要を見つめた。
要はそれを鼻で笑い飛ばしながら、ペルソナを喚ぶ。そんなマリンカリンでお前に魅了される訳ないだろう。
「カルティケーヤ!」
要が召喚器で頭を撃ち抜くと、青いガラス片のようなものをまといながら孔雀の背に乗った軍神が現れる。アルカナ星。カルティケーヤ。要の持つペルソナの中で一番補助スキルに長けている。
カルティケーヤが槍を掲げると、パーティ全員に赤い光が降り注ぐ。カルティケーヤの発動させたスキル。マハタルカジャ。味方全員の攻撃力を上げるスキルだ。なんとも軍神らしいスキルである。
「ありがとう。白波!」
明彦は要に一言声をかけてからラヴァーズに接近し、自慢の拳で殴りつけた。
殴りつけられたラヴァーズは部屋の端まで吹っ飛んでいく。補助スキル侮りがたし。
明彦の攻撃が終わり下がるのと入れ違いに順平はラヴァーズに突っ込んでいく。ラヴァーズが起き上がる前に、刀を振りかぶり、重みに任せて振り下ろす。
「へへっ……いけんじゃね?」
「戻ってこい順平!」
そのまま追撃しようとした順平に要の制止がかかる。
「なんで!?」
「岳羽に吹き飛ばされるぞ!」
順平がちらりと要の後ろを覗くと、召喚器を構えたままこちらを睨むゆかりがいた。
「電撃してこないみたいだし、順平がどかないならそのまま吹き飛ばすからね!」
「ひい! す、すいませーん!」
順平はそそくさとラヴァーズの元を離れ、要の一歩後ろあたりまで下がる。巻き添えは勘弁だ。
「乙女の怒り! 思い知りなさい!」
ゆかりは怒りでもって召喚器の引き金を引いた。白波くんに裸を見られるなんて恥ずかしいったらありゃしない!最悪なシャドウね!
乙女の心を弄んだ罪の重さ、その身にたっぷり味わわせてやる!
風は渦を巻き、ラヴァーズに叩きつけられる。その勢いは先程のハイエロファントのときに見せたガルーラの比ではない。心の力こそ、ペルソナの力。怒りもまた、心の力か。要は暴風を見ながらぼんやりとあの異様な老人の言葉を思い出した
暴風がやむと、ラヴァーズはふらふらと空中を漂いながら要を目指して移動し始める。ラヴァーズの仮面がキラリと赤く光ったかと思うと、パーティの目の前が赤く染まる。ラヴァーズの使用したスキルマハラギオンだった。小賢しい。鬱陶しい。
要は炎を聖杯ルシファーで一閃し、かき消す。
要の視界にはふらふらと漂うラヴァーズ。それをみた要はニヤリと笑い、もう一度召喚器を構えた。
「スルト」
現れたのは黒い体躯を持つ巨人。アルカナ魔術師のスルト。火の国ムスペルヘイムの支配者だ。
スルトは高々と手に持つレーヴァテインを掲げると、要の闘気が上昇した。チャージ。次に使う物理スキルの威力を二倍にするスキルだ。
「全員防御だ!敵もぎりぎりでなにをしてくるかわからない!」
パーティは要の指示を聞き全員防御態勢を取った。戦闘中、リーダーの指示は絶対。以前、順平が指示を守らなかったとき、シャドウにボコボコにやられたことがあった。このことからから皆は学んだのだ。
ちなみに、順平は帰ってから要にこってり絞られた。ダブルブースタコンセ万物流転といえばわかる人はわかるだろう。
ラヴァーズはふらふらと漂いながらゆかりを見つめた。仮面の目にあたる部分が怪しく赤く光る。だが、なにも起こらない。
ラヴァーズの使用したスキルはマリンカリン。要が初手にうけた技だ。防御態勢をとっているゆかりに効くわけもなかった。
要は召喚器を引き抜き、こめかみを撃ち抜いた。毎度のことながら、召喚器で頭を撃ち抜いたとき、視界がぶれるのは慣れないな。
要が喚んだペルソナはタナトス。黒衣をまとった死神。シャドウの最後の一撃を決めるペルソナとしてこれ以上ふさわしいペルソナはいないだろう。
タナトスは腰に下げた刀を抜き、ラヴァーズを何回も切りつけた。ラヴァーズは悲鳴を上げるもむなしく、タナトスのとどめをうけて影時間に溶けていった。

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なんなんだよ、あれ。順平は呆然と要の姿を見ていた。戦闘が終わったというのに、刀を鞘に戻すことも忘れて立ち尽くしていた。
いくらあの大型シャドウがふらつき、倒れかけていたとはいえ、それを一撃で倒すなんて、デタラメすぎる。バケモノかよ。
くそ。あいつにとって俺らってなんなんだ。あいつがいれば、大型シャドウ倒せるじゃん。俺がいなくたって……
「順平、帰ろう」
順平が顔を上げると、いつもの無表情で顔を覗き込む要がいた。
学年トップの学力にバケモノみたいな運動神経、人を魅了する整った容姿、そのどれもが今の順平をイラつかせるには十分だった。
前から、前から要にはイラついていた。自分と同じ転校生、なのにあいつは頭もいいし顔もいいから、女子にモテた。女子にモテるのはまあ、分からないでもなかった。ああいうクール系が女子は好きみたいだし。頭がいいのはもはや俺に勝ち目はなかった。いままでとことんサボってきた。それに関しては勝てるとは思わなかったし。
けれど、ペルソナ能力は、違う。同じような時期に俺とあいつはペルソナを覚醒させた。だが、あいつのほうが強い。同じような時期に覚醒させたのだから、今までの経験なんて関係ない。あいつに負けるのは俺の男としてのプライドが許さなかった。
だから、刀を素振りする回数をこっそり増やした。筋トレも自室でこっそり始めてみた。少し、努力をしてみようって思った。けれど、あいつの強さはそんな努力すらも無駄に思えるほどの強さで。
「うっせぇよ!」
順平は心配そうに顔を覗き込む要を怒鳴りつけた。
要は一瞬、大きく目を見開き驚いたあと、悲しそうに目を伏せた。

2020年5月2日