花占い

やり直しの二十日間のときに配ったペーパーの主順。
アイギス視点からみた主→順


本日も何事もなく、学校での任務を過ごし、無事、帰寮した。ロビーには伊織順平、岳羽ゆかり、山岸風花、真田明彦、桐条美鶴、天田乾、虎狼丸の六人と一匹が揃っていた。
帰寮しているはずの白波要の姿がない。おかしい。何かアクシデントがあったのだろうか。ロビーの奥で雑誌をめくる岳羽ゆかりに聞けば、もう帰寮しているがロビーに下りてきていないとのこと。自室にいるとあたりをつけて、荷物を置きに自室に向かう。
その途中、二階の休憩所にその姿はあった。
深い海のような濃紺の髪は右目を隠すように分けられている。髪の隙間からのぞく銀灰の瞳は手元の花にそそがれている。帰寮してすぐにここに留まったのだろう。服装は月光館学園高等部指定の制服だ。そばには学生鞄が置かれている。
「何をしているのですか?」
そう問わずにはいられない光景であった。白波要の足元には大量の花びらが積もっていたのだ。
「ああ、おかえりアイギス」
彼は帰寮の挨拶を済ませると、この現場の説明を続ける。
「綾時にさ、恋愛相談したんだ。そうすると告白するべきだとか言われて、あれよあれよと花屋に連れて行かれてさ。ロマンチックに決めなきゃね!とか言われて背中押されたけど、ご覧のありさま。俺は告白する勇気もなく、すごすご帰ってきましたとさ」
彼は肩をすくめておどけて見せた。
今の説明では花が大量にあることの説明にはなったが、こうして休憩所が花びらであふれている説明にはなっていない。それについて追及すれば、快く教えてくれた。
「花占いだよ」
花占い。データベースを検索。該当結果なし。データベースに記述する必要あり。
「それはどういったものなのでしょうか」
こちらからの質問に、彼は一瞬驚いたような顔をした。その後、ふわりときれいに笑って、説明をしてくれる。
彼は優しい。学校で、私のフォローをしてくれることも多い。それに、授業中に伊織順平に教えている姿も見かける。
彼は自身の背中にある花の山から一輪手に取った。
「相手が自分を好いているのかどうかを占う子供の遊びだよ。こうやって、好き、嫌い、好きって交互に言いながら、花びらをちぎるんだ」
好き、嫌い、好き、嫌い。何度か繰り返した後、彼は嫌いと言って最後の花びらをちぎった。
「あーあ、まただめだった」
へらり。彼は諦めたように笑った。
「要さんの好きな人って誰なのでしょうか」
私の一番の大切は彼のそばにいること。学校で、寮で、タルタロスで、ずっと彼を見続けていたのだ。それでもわからなかった。
「口の堅いアイギスなら話しても大丈夫かな」
誰にも言わないでね。恋愛相談した綾時にも言っていないんだから。と前置きしてから、彼は想い人の名を口にした。
「順平のことがね、好きなんだ」
順平。それは階下にいる伊織順平のことだろうか。自身の知る限り、順平の名はその人物しか該当しない。彼の知り合いに順平というのは伊織順平、一人だけのはずだ。
その事実はストンと私の中に落ちてきた。過去の映像データを参照すれば確かに、彼はずっと伊織順平を追っていた。私が出会った夏からずっと、彼の目は伊織順平を追っていた。
学校で、伊織順平が困っていれば、白波要は手を差し出した。 寮では、白波要が料理を振る舞うことがあった。寮の全員にと振る舞われたものだが、その前日に伊織順平がその料理を食べたいとぼやいていたのを知っている。 タルタロスでは、伊織順平を支えるように、抜群のコンビネーションでシャドウを倒していた。二人で息を合わせているのだと思っていた。それは違った。白波要が勝手に伊織順平に合わせていただけだった。 白波要は伊織順平が好きだと、打ち明けてくれた。それは、私が喋らないと信用してくれたからだろう。それはとても嬉しい。胸のあたりがあたたかい。けれど、どこからか冷たい風が吹く。どうして私じゃないのだろう。唐突に湧いて出た考えに蓋をしてメモリの端に追いやった。
「俺はね、順平が幸せならそれでいいんだ。順平とそういった関係になりたいけど、順平の一番は彼女のものだし、彼女の一番は順平だ。そこに俺が出ていくべきではないと思う」
だから、ここで一人花占いをしていたのか。伊織順平に悟られぬよう、わからぬよう、一人で。
「順平が俺の世界を変えてくれたんだ。きれいにしてくれた。だから、順平の世界を壊すわけにはいかない」
言葉を続けた彼の顔は覚悟を決めた顔だった。想いを告げず、隣で支え続けると、友達でい続けると覚悟した顔。
「それにさ、友達なら、ずっと隣にいられるだろう?」
ニコリととても元気に笑った。普段の彼なら見せないような無邪気な笑顔だ。
カツカツカツ。私の高性能なセンサーは階下からの来訪者を捉えた。
「おーい要、下りてこないのかよ?ってうわ!どうしたんだこれ」
陽気なその声の主は白波要がずっと追いかけていた人だ。声がかかってから気が付いた白波要は大きく肩を震わせて驚いた。余裕をもって平然となんでもこなす彼がこのように驚くなんてめずらしい。
「あ、え、う、じゅ、順平、な、なに?」
「いや、お前だけ下りてこないから気になってさ」
「これ、片づけたら下りるから、別に何もないから。うん」
伊織順平は挙動不審な白波要を訝しみながらも、階下に下りて行った。  伊織順平が去ったことに、彼は肩を撫で下ろした。
「アイギス、本当に秘密だからな」
彼は不安なのか念を押して聞いてきた。とても必死なその顔は、普段の彼らしくなく、私の笑いを誘った。
「ほんとうにしゃべるなよ、だれにも」
彼の右手がそっと召喚器にのびた。笑うことをこらえて、返事をする。
「了解であります」
大切な彼の秘密を喋るなんてあるわけがない。彼が信頼して話してくれたのだ。それを裏切るようなことなんてできない。
「墓場まで持っていくであります」
そう言えば、「アイギスは墓に入れないでしょ」と笑って返された。

2020年5月1日