I was not in time.

エンディング時に主人公を探す友近の話。


 卒業式は台無しになった。
スピーチをしていた生徒会長の桐条美鶴さんが舞台から飛び降り、体育館から出て行ったからだ。
その桐条さんのあとを追うように無敗のボクシング部主将の真田さん、クラスメートの伊織と岳羽さんに、隣のクラスの山岸さんまでもが飛び出していった。

みんなが一様に笑って駆け出して行った。
気のせいか、嬉しそうな犬の鳴き声と小学生くらいの少年の声も聞こえる。
先生達は声を荒げて必死に呼び止めようとしているが、相手は桐条のご令嬢で無謀だった。

俺は一番近くにいた先生を呼び止めた。
トイレという名目でこの騒ぎを利用して抜け出すのだ。
学校には来ているのになぜか卒業式に参列していないキタローでも誘ってはがくれにでも行こう。なんだったら今出て行った伊織と宮本も誘ってもいいかもしれない。

先生はパニックになっており、あっさりと抜け出すことができた。
卒業式でほとんどの生徒が講堂に集められている今、学校はガラリと静かだ。
人の気配も、日頃の賑やかさもない、ただのコンクリートのカタマリ。

キタローがいそうなところを歩いて回る。
ついこの間まで使っていた教室。は鍵がかかっていて開けられなかった。
中を覗いて見ても特に変わったことはなかった。

あいつがこの一年で残した痕跡の後を辿る。
保健室の扉を開けると中には江戸川先生がいた。

何を考えているのかわからない。ということで月高の生徒のウケは良くなかったが、何故かキタローは気に入って、放課後にも先生の話を聞きに行ったり、先生の授業だけは寝なかったりと、先生の話に熱心だった。夢中だった。

「センセー、キタロ……有里くん来ましたか?」
「いえいえ。彼なら二日ほど前に来たっきりですよ。
タロットカードのおさらいをして帰って行きましたね。」
「そう、ですか。」
俺はあからさまに肩を落とした。

学校の施設を全てまわったのだ。もう一度一から探し直しだ。
江戸川先生にお礼を言い、部屋を出ようとドアノブに手をかけた時、後ろから呼び止められた。

「友近くん。言いたい言葉を言える相手がいるということは素晴らしいことです。
相手がいるうちに後悔の無いように動いてください。
あ、有里くんならたぶん屋上ですよ。アイギスさんと屋上に行こうとしているのを、先ほど見かけましたから。」
「じゃあ屋上に行ってみますね。」

ありがとうございました。そう言うのがやっとで、保健室の扉を乱暴に閉めて屋上へと駆け出した。

そろそろ卒業式のあのパニックも収まってきて、先生が動き出す頃だろう。
その前に抜け出して、なんとかはがくれまで行ってラーメンを食べたい。
これだけ探させたんだ。味玉二つは奢らせよう。あいつなら笑って五つ付けてくれる。俺が味玉好きなの知ってるし。

人一人いない廊下を走る。二年の教室の前を突っ切る。
スピードを乗せたまま角を左に曲がる。こけた。痛い。
なんとか立ち上がり、今度は歩いて屋上へ向かう。屋上へ上がる階段は目の前だ。
ここまで走ってきたから足はガクガク、肩で息をしている。

震える足を叱咤して階段を上る。上る。上る。
途端に視界に走ったノイズ。
薄暗い廊下、歪な部屋。黒くうごめく異形。深緑の空。
人の大きさほどの棺。そして、おかしなくらい大きな月。満月。
頭を振ってノイズを吹き飛ばす。また階段を一段、一段と上って行く。

たくさんの悲鳴のような声が聞こえる。
屋上の鍵は開いていて、
扉も少し開いていた。
手をかけ、内側に引く。太陽に一瞬目が眩んだ。
イヤ な 予感 が する 。

屋上には先ほど卒業式を抜け出した人が全員いた。
そのメンバーに加え、白い犬(確かコロマルという名前だった)、小学生くらいの少年。
それと、明るい金髪に碧眼の少女アイギスさん。
アイギスさんのそばには硬いアスファルトの上で寝ている有里湊。俺の探し人。

岳羽さんと山岸さんは互いの肩を抱き合っているし泣いているし、桐条さんは目に涙をためながらドコカに必死に電話をしている。
コロマルは悲しそうに吠え、小学生くらいの少年はひたすらにキタローの名前を呼び続ける。
真田さんは少し離れたところで空を見上げていた。

訳がわからない。
遠くの方で救急車の音がする。
岳羽さんが泣きながらキタローにしがみつく。
キタローは寝ているだけなんだろ?
「おい、キタロー。岳羽さんが泣いているぞ。
女の子泣かすなんてお前らしくないじゃないか。ほら、起きろって。」
足が自由に動かないなか、なんとかキタローのすぐそばまで来ることができた。
腰を下ろして、キタローの手を握る。
冷たい。
ひんやりと死の冷たさが伝わってくる。
嘘だろ。
おかしいだろ。
どうして
こいつが
しななきゃ
ならないんだよ

頭の中でガラスの割れる音がした。

2020年4月29日