スーパームーン

 サークルの活動が終わり、晩飯を一緒に食べに行こうと先輩方に誘われた。月森手作りの飯が食べられなくなるのはすこしもったいないが、たまには先輩達と交流を深めるのもいいだろう。そう判断してついていった。
 連れていってくれたのは商店街のなかにある「はがくれ」というラーメン屋だった。先輩達は顔なじみだったようで、すぐに奥に通された。
 岳羽先輩にオススメされたのははがくれラーメンだった。豚骨とも魚介とも断定できないこってりスープが特徴らしい。
 山岸先輩に勧められたのははがくれ丼。こってりスープにつけられたチャーシューがたくさん乗っている丼ものだそうだ。元は裏メニューであまりの人気に通常メニューになったそうだ。
 次に勧められたのは裏の裏のメニュー。担々タン麺だ。裏の裏とか表じゃねーか!!と思わずつっこんでしまったが、これは知る人ぞ知るメニューという意味らしい。辛い肉味噌の乗った麺にはがくれラーメンのスープがかかったものですごく辛いが病みつきになるとのこと。
 ほとんどがはがくれラーメンか、はがくれ丼を頼む中、俺は担々タン麺にした。ラーメンは修学旅行のときに食べたし、はがくれ丼は通常メニューになっていていつでも食べられる。しかし担々タン麺は違う。これは常連が頼んだ時にしか出てこないらしく、食べるなら今しかない。
 しばらく先輩達との話に興じているとメニューが運ばれてきた。もくもくと温かい湯気を立ち上らせながら担々タン麺は俺の前に姿を現した。
 皿の上にデンっと構えている黄色い中華麺は脂の浮いたこってりスープにつかっている。麺の上にはこれでもかというほどの肉味噌と3枚のチャーシュー。肉味噌の色はひどく赤い。唐辛子の色がそのままでたのかと疑うほど赤い。どれくらいかというと、りせのオムライスくらい赤い。あ、食欲が少しなくなった。
 俺は麺に肉味噌を絡め、勇気を出して口に運んだ。左手にはもちろん水の入ったグラスを握りしめている。
「あ、うまい」
 辛いはずの肉味噌がこってりスープと麺に中和されており、見た目ほど辛くはない。舌がピリピリするが我慢できないほどのものではないし、これはこれで美味しい。チャーシュー自体もそうとう煮込まれており、ほろほろと口の中でくずれていく。スープは豚骨とも魚介ともとれるし、とれないようなこってりスープだ。これはそのどちらでもない、何か特別なものが入っていると確信する。何か店名とも関係あるのだろうか。走り出した箸は止まらない!!
「へへっ。うめーだろ」
 俺が箸を夢中で動かしていると隣から声がかけられた。箸を止めて隣を見ると、頭に野球帽をのせ、顎に髭をはやしている特徴的な先輩。確か、そう、3回生の伊織先輩だ。さっき俺に担々タン麺を勧めたのもこの先輩だ。
「俺も友達に勧められて、食ってみたら箸が止まんねーの」
 にっしっしっと笑った先輩はラーメンのスープを飲んでいた。結局頼んだのは、はがくれラーメンかよ。
ーーーーーーー
「ありがとうございました!!」
 元気なアルバイトの声に見送られながらも、俺たちははがくれを出た。外は梅雨に入ったためか、ジメジメと湿気を含んでいる。
 駅までの道のりをサークルのメンバーとわいわい言いながら歩く。結構な人数がいるため、うるさいが仕方ないか。
 前を歩いていた伊織先輩がいきなり空を見上げ、右手を挙げた。先輩に追いつき、聞いてみる。
「先輩、どうしたんですか?」
「ん?あー……やけに月が近くて掴めそうな気がしただけだ」
 先輩はグッパ、グッパと右手を握ったり、開いたりしている。
「今日はスーパームーン。月が一番地球に近づく日らしいぜ」
 割り込んで来たのは同じく3回生の友近先輩だ。右手には携帯が握りしめられており、ちらりと覗きんだ画面には信じられないくらい大きな月の画像とスーパームーンの文字。
「今は8時過ぎだからこれが1番でかいんじゃねーの?」
 友近さんの言うとおり、見上げた月はやけに馬鹿でかく、空が月でうまってしまっている。なぜか大きな月が開くような気がしたが、んなわけねーと振り払う。
「月がきれいですね」
「? 伊織さん、何か言いましたか?」
 伊織さんが何か言った気がして聞き返したが、たははと笑ったあと、なんでもねーよと言って他の先輩たちと合流するため走って行ってしまった。
 その背中がひどく悲しげに見えた。
(それは“あの時”と同じくらい大きな月だった)
2021-06-29