もう一度会うために

レトシル。天刻使って巻き戻したけどシルを死なせてしまったレト先生の話。


「妬ましくて、憎らしくて殺してやりたいとさえ思いますけどね⋯⋯」
清々しい程の真っ直ぐな視線にこれが彼の本心なのだと悟った。
青獅子寮の頼れる兄貴分の顔ではなく、女性を泣かせる軽薄な男の顔でもない、彼本来の飾り気のない顔。
紋章を持って生まれ、振り回され、縛りつけられている彼の偽りのない言葉だ。普段のお調子者の彼を知っているだけにあまりにも痛々しい。
俺は彼の担当教師として、彼の先達《せんだつ》として、どんな言葉を返したのだろうか。どんな言葉が正解だったのだろうか。
長年生きてきて人生には正解など存在しないと知っていても、それを考えてしまう。
本人にそれを問いただすことが出来ないのだから余計に。

再会したシルヴァンは以前よりも大人びていて頼もしくなっていた。髪も伸び、背丈も大きくなった。
俺が寝ていたこの五年の苦労を垣間見るようだった。
しかし、ディミトリを伴って再会したあの日からどこか避けられているような気がするのだ。
避けられているというのも語弊があるかもしれない。
軍議での俺の提案にもきちんと意見を述べるし、頼み事をお願いすれば喜んで引き受けてくれる。けれども彼の言動に壁を、よそよそしさを感じるのは確かだった。
こちらからの行動に対してはきちんと返すのだが、シルヴァンから俺に対してなにか相談を持ちかけたりであったり、頼み事をするようなことがめっきりなくなったのだ。
どうしたものかと考えあぐねていたが戦争は無くならないし、待ってはくれない。
あの時の自身の選択をどれだけ悔いただろう。時を巻き戻しても、やり直しても、彼は敵の刃によって倒れてしまう。
巻き戻した時が十を超えて、自分の選択のどこがいけなかったのかわからなくなった。
進軍する直前まで戻したことだってある。
それでも彼は敵の槍に貫かれたし、切り捨てられたし、視できないほど焼け焦げた。
十二回。俺がシルヴァンを救おうとやり直した回数だ。
もう、時は巻き戻せない。
生徒に痛い思いも怖い思いもさせたくなかった。もしもの最悪にはやり直せるとタカをくくっていたのだろうか。
大きな喪失感と無力感。
女神の如き力を扱えても、生徒一人、救えない。
失ってしまったものは取り戻せない。
これが報いであり、罰だ。

時々、ディミトリを羨ましく感じることがある。
彼は聖堂に一人でいることが多い。彼の元を訪れる時、心配そうに聖堂の外でフェリクスやイングリットが様子を伺っていることが多い。彼のことを案じている人がいるというのに彼には見えていないのだ。
側に寄って声をかけても気がつかず、ぶつぶつと何事かを呟いていることが多い。
ディミトリは過去に囚われている。
亡霊たちの恨み、嘆きに耳を傾けている。今を生きているはずのディミトリが過去に囚われているのはあんまりにも悲しいが、同時にシルヴァンもそこにいるのかと思うと羨ましい。
俺にはもうシルヴァンの姿は見えず、声も聞こえない。恨みのこもった声でいいから聞きたかった。
「ディミトリ……」
声をかければこの日は珍しく振り向いた。濁ってしまった左目が虚ろに俺を見つめている。
「復讐を遂げたからといって、何かが変わるわけでは無いんだ。死人に口はないのだから。もうやめよう……」
「お前がそれを言うのか。ジェラルトを殺された時、復讐したいと思った、お前が。シルヴァンを殺した剣士を惨たらしく殺していた、お前が」
何も返せない。父であるジェラルトが殺されて腹が煮え繰り返るほどだった。シルヴァンを殺した剣士を怒りのままに細切れにしたのも事実だからだ。
「お前は死者に口はないと言ったが、どうして死ななければならなかったのか、死にたくなかった、帝国を殺せ、首を持って来いとこんなにも語っているのに」
ディミトリには亡霊たちの声が聞こえている。
死んだ人たちはそんなこと望んでない。なんて、ありきたりなこと言えるわけがない。死者に語らせるようなことは言いたくなかった。
「ディミトリ。俺はどこまでもお前のそばにいよう。例え地獄であろうとそばで止めてやる。それが俺の償いだ」
ディミトリの瞳に一瞬、正気が戻ったがすぐに暗く濁ってしまった。そうして、また亡霊たちとのお喋りに戻った。
今の彼にどれだけ言葉を重ねても何も伝わらない。伝わったとしても何も変えられない。
彼が上を向いた時に引っ張り上げられるように、待ち続けるしか。
聖堂の出入口にはフェリクスがいた。不機嫌そうな仏頂面を貼り付けて聖堂の奥を気にしている。
こちらに気がついたフェリクスが口を開いた。
「あの猪はまだか」
詳細に語られずとも分かった。フェリクスもまたディミトリの復帰を待っている。
フェリクスの言葉にゆるりと頷くと、彼は盛大に舌打ちをした。その音は静かな聖堂に思いのほか大きく響いた。
「フェリクスも心配なんだな」
「ふんっ」
素直に気持ちと感情を表さない青年に胸が暖かいもので包まれる。
「大丈夫だ。俺がいる。あいつと地獄の底だろうと一緒にいてやるって約束したから」
フェリクスは俺の言葉に気味が悪そうに眉をしかめた。
どうやら彼は気がついたらしい。
ディミトリなら地獄まで連れて行ってくれる。そんな気がするんだ。
地獄でまた会おうぜ。
彼の口癖のようなものだった。
そこでなら、もう一度会えるのだろうか。